2008年10月号

超特盛!お徳用こらむ/アフロあきら


全国300万人の海外ツーリングファンのみなさん!

海外ツーリングを愛する我々としては、このところ、うき〜。と落ち込むことばかりじゃないでしょーか?

そうなんです。あらゆるものの物価高、想像をぜっするガソリン代高騰と飛行機の燃料サーチャージ、さらに円安!そしてテロだなんだで旅しずらくなってきただー!

近年インフレとは無縁の日本だったけど、いまやレギュラーガソリンなんてこの一年で30%も値上がりしてるんですぞ!あまりのインフレ率に、本当にこの国は日本なのか!と叫ばずにはいられない人も10000万人以上いる事でしょう。

いまや海外ツーリングにとって冬の時代、いやスーパーブリザード時代かもしれない。
思い起こせば1990年代のあのころが、一番の黄金時代ではなかったでしょうか。

バブル時代にかせいだ金で、Hit the Road! 今ほどガソリン代もかからず、しかも円の価値が強かったためどこへ行っても物価が安かった。たとえばオーストラリアなんて、そりゃあもうウジャウジャ日本人ライダーだらけ。

しかし今はどうだい。このWTNJの掲示板を見たって6年ぐらい前にくらべて件数も少なくなっているのがわかります。かつて世界の富を占有していた日本の経済も、BRICsなどの新興諸国に経済力を吸い取られ、確実にしぼんでいくのがわかるとおもいます。

だから海外ツーリング者の数も80年代そして70、60年代のように希少価値化してきそうです。

かといってその頃に「バイクで世界一周をしたんだゾ!すごいやろ!」なんていっても、パイオニアだったカソリさんのころと違い、もはや世界一周の前例なんて沢山あるから、「そんなのはただの道楽だ」で片付けられてしまうでしょう。それどころか、「こんな時代なのにガソリンまきちらしやがって」と逆ににらまれたりしてね。

2003年7月号のコラムニストさんのとおり、海外つーりんぐなんて、とんでもねえ道楽です。
たとえ過去を振り返りたくはない人でも、旅がしやすかった昔の絶頂期を思うと「昔は良かったのお」と老人のようにほざきたくなるひとも多いかもしれません。

なんかネガティヴな出だしになったけど、ピーク時の時よりもやりくりがきびしくなる分、これからの時代は頭と体を使わんといかんです。まあ、狂ってたバブル時代に比べれば、がつがつ働くだけが人生じゃない、って言うのを判り始めてくるだろうし、生活観のバランスもとれていいんじゃないでしょうか。

 

バックパッカー+国内ツーリング=海外ツーリング

変な例えだが、文系的なバックパッカーの旅と、理系的なバイクツーリングの旅。

バックパッカーは、世界の知識が必要だが、メカの知識はなくても行ける。

かたや国内ツーリングは、最低限のメカの知識は必要だが、世界の知識は要らない。
しかし、海外ツーリングとなると両方の知識が必要になる。

特に世界一周クラスとなると
世界各国の言語、文化、慣習、地理、歴史背景・・などにできる限り精通していなくてはならない。
そのうえ、さらなる機械的知識も必要になる

文系と理系の知識。その両方が混じって、海外ツーリングになる。
はっきり云って大変だ。だからやりがいがあっておもしろいのだ!

 

なぜわたしは世界一周をしたのか

いくつかの理由があるけど
「世界のいろんなものを見たい」
「広い世界を思いっきり走りたい」
ここまではふつう。

だけど、最大のパワーの源は
「いままでオレをバカにしてきたやつらを見返したる!世界一周してビッグになってやる!!」

という、怒りにも似た若気の至りだった。

今でこそ丸くなってはいるが、当時は青臭くとんがった性格ゆえ、社会ののけものだった。子供の頃は苛められ、社会に出てもいやな目にたくさんあってきたので、日本の社会に幻滅し、こんな国イヤじゃ!と事あるごとにいかっていた。

しかし、そのくるった位の反発心と大爆発的な情熱がなかったら、おそらく125ccバイクで世界一周なんて達成できなかったとおもう。

すくない旅予算で超節約する為、自分をきたえるため、とくに物価の高いヨーロッパでは73連泊も野宿しており、孤独とフケツでボロボロになっても、トラブルにまきこまれても「なにくそっ」と意地になっていたところがあった。

そして、2001年に世界一周を終え、「ついにやったゾー!」とモロに有頂天になっていた。何の取り柄もなかった自分でも生きる自身がついたのだ。

125ccで世界一周というのは、当時の日本でもあまり例がなかったのではないか?ならそれでちっとは有名になってやろうというもくろみも心の底にあったんだけど。。

しかしその後、転機がおとずれた。忘れもしない2005年のことだった。

突然ふりかかった、とあるいまわしい事件。このせいで、わたしは人を信じられなくなり、「命をかけて世界にとびこんだ、今までのツーリング人生ってなんだったのか」と深く落ち込んでトラウマになってしまった。たしかに少し天狗になっていたのもあるけど。

でも、どん底に落とされたときは、「あとは登っていくのみだ。堕ちるとこまで墜ちたら何も恐くないはず・・・こんな事ごときで負けてられんわい!」と、おのれをふるいたたせるしかなかった。

そしてあの事件に対しては「今に見てろよ、タワケが!」いう気概で今後も生きるだろう。

・・とはいえ、その後遺症のため、それからしばらくの間海外ツーリングから一歩距離を置いていた。

だがおかげで、海外ツーリング一本だった自分にも他の分野に目が向けられて、海外ツーリングとは異なる分野の新しい仲間や友人が沢山できたのだ。

 

新しい仲間たち

かつて初期のWTNJのなかでは最年少!だった若手の自分も、ついに31歳になってもうた。三十路ライフもあっというまに1年満喫してしまった〜!

が、あいかわらず 「旅>働く」 というライフスタイルの循環なので、もはや日本の世間から見れば、栄光の貧乏人だ。

しかし「新しい仲間」たちは、車はもちろんバイクすら持っていない人も多い。免許証自体持ってない人もいくらかいる。交通手段も自転車や徒歩、鉄道、バスなどで旅する人々なので、実にECOで健全である。車とかないおかげで、縛られるものもすくなく、貧乏にも強い。無職だろうが低収入だろうが独身だろうが、世間体にとらわれずに自由に前向きに生きている。

世間一般からすれば対極的なライフスタイルかもしれないが、自分のようなハミダシ者にとって、そんなかれらの慎ましくも楽貧的なライフスタイルは目からうろこだった。そしてライダーよりもウマがあったりするんだ。

たとえば仲間たちで遊びに行く時も、バイクや車を使わず、公共機関である電車に乗ってわいわい移動するっ、てのもこんなに楽しいんだなあ、と、再認識するんだわさ。みんなで電車に乗って遊びに行く、ってのは中学生の時の以来だけど、ああいう遠足のような感覚がなつかしくもあり、新鮮なのだ。(昼まっから酒だって飲める!?)

そのうちの友人の一人、サンコンさん氏(仮名)は、日本と世界の冬山を登攀、さらにカナダの−50℃の厳冬寒冷極地を自転車やスキーなどで旅をし、両足に凍傷を負って戻ってくる先鋭的な冒険家だ。

そのかたわら、サンコンさん人形といわれる謎の芸術品を増産し、行く先々でばらまいているという、エキセントリックな人間でもある。でも彼の影響でロッククライミングや沢登りなどのアウトドアスポーツにも目が向くようになった。

 

エンジン無しの海外ツーリング

そして、わたしがとくにはじめたいのが「エンジン無しの人力二輪」ツーリング、すなわち自転車での海外ツーリングだ。

もちろん自動二輪の海外ツーリングは現在も愛しているが、もともと昔から自転車でのツーリングは興味はあった (といっても20代は自動二輪にのめりこんだのだが) 

海外ツーリングはお金がかかるし、自動二輪の陸揚げと通関待ちの為に何週間も日にちを要した時は、「これが自転車だったらすぐに旅立てるのに・・」と、ひじょーにめんどくさい思いもした。

折からの物価&ガソリン高騰もあって、わたしの新しい仲間たちからも、「バイクではなく自転車で旅すればいいじゃないか」とみんなから口揃えてさかんに勧められるようになった。新しい仲間の大半が自転車旅行者(!)だからだ
(ある日記でオートバイの話を書いたのに、常連さんたちの書き込みによっていつのまにか自転車の話題にされてしまったぐらいだ。それだけ新しい仲間に自転車フリークが多い。)

エコロジスト気取りになるつもりはないが、なるべく無駄のない人生をしたい。節約は美徳だ。なにより年齢とともに溜まりつつある皮下脂肪を燃焼させねばなるまい。

もちろん、自転車だとオートバイより距離は走れないので、今まで単車で旅してきた部分のスキマを埋めるぐらいの感覚だね。

通関も比較的融通が効き、広大な南米などは、またオートバイで走りたいよ。逆にゆっくり走る自転車だと、待ち伏せ強盗等が恐いんだ。

けど、オートバイでの走行が難しい地域、たとえば台湾とか西アフリカとか中央アジアの小国なんかは自転車で走ってみるのも、ええのお!

あと、たとえばインドやヒマラヤ方面なら、たとえば国境越えなら自転車、単車が借りれたら広範囲でいろいろ回って、長距離移動の際は輪行して安い列車に乗る・・・そんな風に交通手段も一つの手段に囚わせず、ハイブリッドに進めてみるのも合理的で面白そうだ。

今まで世界や日本でたくさんのチャリダーの人に会ってきたが、どうしてもライダー同志、チャリダー同志、固まる傾向があるとおもう。ライダーにも理解のあるチャリダーとして、その垣根をすこし取っ払ってみれればとおもしろいんじゃないか。

同じ気温でも、移動するとライダーは冷たく感じ、チャリダーだと暑く感じる。チャリだとどのくらい汗をかいて、どれだけ進めて、どれだけ沢山食べるのか。そういうのは自分で味わってみないとわからないものである。

そしてついにツーリング用の旅自転車・グレートジャーニー3を納車し、うれしさのあまり買った翌々日に早速、一日で140kmも走った。鈍い筋肉痛がチャリダーとしての自信がついた。

ライダーとしては飽和的なほど充分に経験値があるけど、チャリダーとしてはレベル1の初心者なので、単車旅と違った新しい発見が多くなりそうで、楽しみだ。

単車と自転車の両刀づかい、というのもカッコいいじゃないか。

 

新天地を求めて海外ツーリング!!

さて、海外ツーリングの効き目なんだけど、
とにかく、世界一周したことによって、自分の環境も変わってしまったさ。

作用もあれば副作用もあっていろいろつまずいたりはしたけど、そのぶん、未知の分野に飛び込めるスペースもできた。つよい自信がついたおかげで、新しい楽しみや出会い、仲間も増える。だって世界一周する前のころなんか、友だちつきあいも全く無くて、孤独でした。

世界一周する目的のひとつに、新天地を探す事だった
だけど、ツーリングや放浪で通産3年近く海外にいると、海外に新天地を見つけるなんてのは甘いことに気がついた。

とくに将来の夢はオーストラリア移住、という期待を胸に一年間ワーキングホリデーでオーストラリアにいましたが、その経験からすると、当然いいことやすばらしいこともあった反面、なんていうか、大変だったり幻滅したり、時にはストレスもたまったりで、ま、いろいろありました。

ある日本人は、オーストラリアにちょっとでも長く住みたいがために、月給11万円程度で毎日朝から深夜まで働いて、ぎりぎりの生活をしてました。世の中理想郷なんて簡単には見つからない。

アジアなどから大量の移住希望者がひしめく現在、他者を飲み込むぐらいの強靭な精神力か、優秀な技能、または天賦の才能がないと、先進国ではなかなか移住ができない。(もちろん現地の国の相手と結婚できれば、とても簡単なんだけどね)

幸か不幸か、自分は上記のどちらも持ち合わせていない。なさけないね〜。

しかし、海外から日本に戻ってみると、日本にいては気付かなかった良さもわかるようになり、いろんな友達もできたし、うら若き女子たちと話すような機会も増えてくると、案外日本も悪くないな、と思うようになった。

まあ、希望に燃える若人たちがこんな話を聞くと
「うわっ、カッコわる〜」
ておもうのだろうが、おもいたければおもえっ。

それだけ、昔の頃の自分は青くて無鉄砲だったんだよなあ、
て、今も変わらないか。

 

世界ゲームセンター紀行

世界一周ライダーとしては意外に聞えるかもしれないが、ぼくはひきこもるのが好きだ。ファミコン世代なのでテレビゲームも大好きだ(といっても最近のオンラインゲームには興味ないけど)

以下のゲームセンターの話、世代によってはまるでわからない人もいるかもしれないが、おゆるしを。わからない人は読みとばしてください。

貧富の差の激しいインド。カルカッタのゲーセンは、カオスとゴミに満ちた外とは違って、店内にはなんとクーラーがきいていてきれいだった。ゲーム機は日本からの中古。しかし入口と店内にはガードマンがいるので、一部の金持ち坊ちゃんや、私のような外国人ぐらいしか入ることのできない高級遊技場だった。

値段は1回25〜75円とタイと同じぐらいかそれより高いが、インドの物価からすればものすごく高いのである。カルカッタの路上のカレー定食が一食5ルピー、12.5円だから、その高さがお分かりかと思う。

ヨーロッパだと、値段は日本と同じぐらい。ドイツとかマケドニアとかでは見かけなかった。アムステルダムやパリでも都市でも見かけたが、ロンドンでは新しいゲームが多く、当時日本で大ブームだったダンスゲームマシンが唯一置いてあった。だけど、踊っていたのは半分以上はアジア系だった。

中米グアテマラシティの中心繁華街の6Av(アベニーダ、六番街)は、香港のようにたくさんの看板が道路の頭上に張り出している。映画館では最新のアメリカ映画を上映しているが、映画館の地下のゲームセンターはなぜか80年代前半のアメリカ製のビデオゲーム機が多く、とってもレトロ。

南米ボリビアの首都・ラパスはゲーセンの数が多く、小さな店が街中に何軒もある。日本だと一回100円だがここではたった6〜9円なので青少年に混じって毎日のように通い遊びまくった。一日50回やったとしても300円程度。

自分が小学〜高校生だったころはまってた、なつかしのゲームもあるから、なおのことだ。そしてラパスでは、靴磨きの少年たちも業務の合間にゲーセンに入ってくる。

ここの靴磨きの少年はなぜか、すっぽり顔を覆う銀行強盗のような覆面をかぶっている。そんな集団を初めて見ると恐い気もするが、寒さ除けのほかにも、子供のプライバシー擁護の為なのかもしれない!?

ボリビアのゲーム基盤はどれも日本の中古だが、今年製のもあったのには驚く。ゲーム機も自動車同様、日本から太平洋を越えて輸出され、チリの港からアンデスを越えて運ばれた物なので、ボリビアやチリのゲーセンは日本の中古機が多く、日本語表示のままになっている。ので日本語の読めない彼らの前に私は実に有利で優越感まるだし(笑)

ただし、同じ南米でも大西洋側のアルゼンチンやブラジルなどでは欧米からの中古ゲーム機が多かったのが興味深かった。

ブラジルでは、街角の小さなゲーセンだと一回15円。ゲーム用コインに両替するカウンターの壁にはキリストとマリアの肖像が掲げてあってラテンのお国柄を感じる。ゲーマーもラテンの血が騒ぐのか、「オーパ!オーパ!!」とさかりのついたネコのように興奮し叫びながらゲームしていたヤローもいた。

この頃のブラジルでは、日本で90年代半ばに一世風靡した格闘ゲーム(SNKなどの)が多かった。というか日本でブームの過ぎ去った格安のお古が、世界に輸出されてるのだろう。

日本と違うのが、対戦ゲームで自分がひとりでプレイしている最中に、突然相手が遠慮なく隣に座って対戦に乱入するのだ。一台の筐体で二人がプレイするから肌だってふれ合う。これが本当の、現地の人とのふれあいか。ゲームが終わると彼は何事もなかったかのように去っていった。

日本だったら対面式なので距離が保てるがもちろん日本にもブラジル式の筐体があるけど、友人や恋人同士でやるのがほとんどで、見知らぬもの同志が肩を並べてやるなんてあまりありえない。(画像参照)

ブラジルだとそれだけふれあいがあるってことか!?
そんなところにも日本とブラジルの文化の違いを読む事ができた。

ゲームセンターに入ることで普通の観光旅行、ましてやパックツアーでは絶対見えてこない現地の青少年のありのままの姿が見れるので、これほど面白いものはない。

 

会社の休暇と海外ツーリングと人生のクリーニング

日本の会社は、お盆や正月休みはせいぜい一週間程度しかもらえない。それだけの短い休みだと、会社の事を忘れることもできないまま休暇が終わってしまう。
つねに会社の事を気にしながら定年まで生きていかなかればならない。

かといって定年を過ぎると、会社に縛られた人生ゆえ何もすることがない。
それで女房から「あなたって役立たずなのね」といわれたら、それほどむなしい人生はない。

だけど「日本でもヨーロッパ並みの長期休暇は取れるか?」全体的に云えば無理だとおもう。

自分は正社員の経験がないが、肉体労働からITまで、大企業から小売店、官公庁内などいろんな会社で働いてきた。1フロアに何百人もの派遣社員が働いてるところは比較的休みも取りやすかった(その気になれば一ヶ月以上は取れるだろう)が、数人で回っているような小さな店舗で働いてた時はもう悲惨だった。

一頃に比べれば会社至上主義だった日本の労働環境も少しは近代的になりつつあるが、やはり日本がヨーロッパのように毎年何週間ものロングバカンスは取るのはむずかしいだろう。

なぜなら日本社会の基礎が、昔からの農耕文化、集団主義というDNAが沁み込んでしまい、島国日本の社会は、残念ながら個人の主張よりも協調性を要されるシステムの磐石に出来上がっていて、それで全体の歯車が回ってしまってるから、保守的な日本的職場でヨーロピアンのように好きな時に休もうとするものなら、会社ににらまれ出世に影響するのがオチとなっている。

だから欧州的な長期休暇なんて、まだまだ理解と余裕のある一部の企業や職種でしかできないのだ。何週間、何ヶ月もの長期ツーリングしたい!という人は、学生時代のうちにやっておくか、会社をやめるか、派遣社員などで働くしかないとおもう。

当然、仕事をやめてプウタロヲのとき、無収入の時は貯金を崩す事になる。
でも、会社などのしがらみをすべてをリセットして、何ヶ月か自由の身になって人生のクリーニングをする。そんな期間も人生において必要なのだ、と真剣に思うようになった。 

会社で働いていた時はストレスまみれだった。が、ささくれ立った労働者運搬列車に乗せられることもないし、長時間会社に縛られることもない。目覚ましで起こされることも無く好きなだけ寝てられる。だからプゥウの時はおどろくほどストレスゼロだ。

 

長げえよ、って云われるのを承知でこのコラムを書いた。

だけど、このコラムが、読む人にとっては人生のターニングポイントになる人だっている。

単車で海外を猛烈に走りたくなった時、あるいは人生に行き詰った時、フラれたとき、このコラムを読んでみると、案外ヒントが隠されているもの。この中から砂金やダイヤの原石が見つかるかもしれない。その原石を磨き上げてみるのが人生のテーマ。

礼節を持って謙虚な姿勢で、人に不快感や迷惑をかけなければ、人生は自由に生きれるんだ。その日その日を楽しく生きなければ、将来を楽しく生きる事は出来ない。

それがいままで生きてきて、世界のさまざまな多面的な経験から得られた哲学だけど、もちろん、上記のように生きるってのはなかなか難しい。しょせんワーキング・プワの戯言かもしれぬ。

だけど、将来目指すものも無く、人生に悩んでる人が、たまたまこれを読んで少しでも肩の荷が下りてくれれば、うれしいことだよね。

アフロあきら Afro Akira

海外ツーリング・野宿ツーリングを愛する男
孤高の探求者 
http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Oasis/2599/

写真:

2000年10月。エンジン故障をきっかけに、ブラジルの家庭で居候させてもらいました。

 

サンパウロの怪しい路上アフロ売り。1個約600円。この二人に会ったおかげで、アフロづらの洗礼を受ける

 

謎の8ミリ映画「野宿戦隊!シュラフマン」撮影収録のワンシーンだよ

 

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