2005年1月号 1996年2月14日あの素晴らしき夜/安藤直己

 スクレを発つ前に、宿の中庭にオートバイを並べて2人で記念撮影。そして、お互いの無事を祈り佐野さんとはここで別れた。佐野さんはコチャバンバへ、僕はポトシ〜ウユニへと向かった。


モトラで南米一周中の佐野宏行さんと

 予定ではポトシで昼飯を食おうと思っていたが、道がいいので予想より早く着いてしまう。それでそのまま進むことにした。ウユニ方面への町の出口を探すのに、少々迷った。町を出るとそこからダートである。

 しばらく走ると、前方、真っ青な空に白い大きな皿のような雲が浮かび、さらにずっと道の向こうまで続いている。所々灰色がかっている所もある。あんまり綺麗だったので、オートバイを止めて写真を撮った。しかしさらに進んでいくと青空は終わり、だんだん雲行きが怪しくなって来た。やがて見晴らしのいい所に出たが、前方に食堂らしき建物が見える。その先は空が煙っていて、既に雨が降っているようであった。灰色の雲が所々で光っていた。ちょうどいい所で食堂を発見したと、雨が降り出す前に昼飯を食っておくことにする。


あの雲の向こうに危機が待っていた

 飯を食って外に出ると、ポツポツ来ていたのでカッパを着て出発。まもなくして大雷雨に突入。大量の雨水が道路を流れ、新たに路肩部分を崩しているのを見ると、この雨が尋常でないことがわかる。あの雲を越えれば、さらにあの雲を越えれば雨域を脱出できるだろうと先へ先へと進んだ。しかし雨雲は一向に途切れない。

 ある集落を過ぎてまもなくして、前方少し下った所にぬかるんだ所が現れた。ルートを見定めて進入したつもりがスタック、エンスト。”ちっ”と思ったがキックで再始動。回転をあげてクラッチをつなごうと思うがエンスト。再び、キック。今度はオートバイから降りて、クラッチをつなぎながらオートバイを押そうとしたが、またエンスト。
”しゃーねーなー、荷物降ろすか。”
 と思いサイドスタンドを立てようとするが、ぬかるんでいてそれもままならない。すると山の方から足元に、水がちょろちょろ流れて来た。
”やっぱこのまま行くかー。”
 とキック、始動。ちょろちょろ来ていた水がザーッと量を増してきた。回転を上げるがまたエンスト。
”ちきしょー。”
 キック! キックしてオートバイから降りて押そうとするが、水位は既にひざに達しようとしている。大きな石が流れてきてフロント・タイヤに当たった。またまたまたエンストッ!
”やばいんじゃないか……。”
 水位はひざを越え、オートバイを流し始めた。気がつけば濁流の真っ只中にいる。必死に耐えようとするが、オートバイはドドドーッと向きを変えて行く。

”ちきしょー、今何時だっ!”
 と時計を見ると、時刻は午後2時を示している。
”今、日本は2月14日の深夜だ! バレンタインデーの夜だ! 日本の皆さんは今頃バレンタインデーのエッチも終わってぐっすり眠っている頃か、それともまだ激しくやっている頃かっ!!!”
 オートバイは既に進行方向と逆を向いてしまっている。あっと、ここでオートバイを右側に倒してしまう。マフラーから水が入ったか!? この期に及んで性懲りもなくキック! がなんと、キックが下りなくなった。どうしてしまったことか!

 水位は股下に達した。このままではオートバイと一緒に流されてしまう。
”無念、世界一周ボリビアで終わったかっ!”
 オートバイを捨てて逃げ出そうと思った。一瞬、濁流に飲み込まれて行くオートバイを想像した。と、次の瞬間ひらめいた。

 水の勢いを利用してオートバイを押せばいい! 流れの方向とは斜めの方向に押した。危機脱出、岸にたどり着いた。ここは浅瀬である。しかし段差があってオートバイを陸揚げする事が出来ない。ハッと振り返ると、そこに少年4人が立っていた……。

 という訳でこれを読んでいる皆さん、1996年2月14日バレンタインデーの夜を憶えていますか?

 そういえばあの晩は、今の旦那とエッチしてたとか、別れたあの娘とエッチしてたとか、あの人に私の処女をあげたとか、俺は男になったとか、1人だったので○○○ーしてたとか、いろいろあると思いますが、とにかく”そうか、この人はあの夜ちょうどあれの時、ボリビアの山奥で、濁流の真っ只中でもがいていたのだなぁ”とあの素晴らしき夜を思い出していただければ幸いです。


オートバイ陸揚げを助けてくれた少年たち(9〜14歳)


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