2003年9月号 「サハリン最北端と間宮海峡へ」/古山隆行

 フェリーに乗船して海を渡る時は新たな旅への期待で体中が一杯になる。でも今回はいつもよりちょっと格別で、バイクでフェリーに乗り込んで来た私達夫婦を船上から見る人たちの驚きの視線を感じながらの乗船だった。カーフェリーなのに、車両甲板は空っぽで、他に航送らしい車もバイクも見当たらない。定期航路が始まって以来、数カ月経っていたのだけど、その間に運んだのは車1台だけ、もちろんバイクは私達が初めてと船員さんに言われて、驚きの視線の理由が理解できた。出航したのは‘99年7月18日(日)。北海道最北端の稚内港、目的地はロシア・サハリンのコルサコフ港だ。


稚内港国際旅客ターミナルにて乗船前

 旅に出ようと決めるきっかけはいろいろあるのだけど、友人の旅話を聞いた時、旅の記事や本を読んだりした時に、見知らぬ土地を自分の目で見て直に感じたいと思って計画を立て始めることが多い。その目的地が、国内のこともあれば、海外だったりすることもある。‘89年にサハリンを縦断した日本人ライダーの記事を雑誌で見た時に、いつかはサハリン最北端の岬を自分の目でも見てみたいと思った。そして、間宮海峡を見たいというのもきっかけだった。サハリンが半島ではなく、島であることを最初に確かめた日本人は間宮林蔵ではなく、松田伝十郎という人だと知って、興味が湧き関係する本を読んだのだけど、カラフトのラッカ岬というところから、対岸の大陸が見えたという箇所を読んだ時、自分もそこに立ち大陸を見たいと思った。ラッカ岬という地名は現在の地図にはないし、そこまでの道があるかもわからない、でも実際に行って見ないと本当のところはわからないだろうとも思う。
 19日夕方5時、コルサコフ税関の倉庫が閉まるギリギリの時間にバイク持ち込みの手続きが終わり、サハリン縦断ツーリングがスタート。5日後の23日夕方4時に目的地であるサハリン最北端のエリザベート岬が見える丘に到着、自宅のある神奈川県厚木市からずっと北へ北へと走り続けて2,285キロ。ここは北まで伸びていた道路が途切れた所でもあった。足下から低い山がいくつも北に続きその一番遠くに周りより少し高い山があり、その向こうには海しか見えない。しばらく岬を見つめていた。


サハリン最北端エリザベート岬が見える丘
ここまで潅木が茂る山道を歩いて登らないとならない

 でも旅はまだ終わらない、次の目的、間宮海峡がある。同じ道を400キロくらい南下し、ティモフスクでメインルートを折れ西海岸の港街アレキサンドロフスク・サハリンスキーへ。ここで2泊し、間宮海峡沿いに道がある限り北上する。26日、海岸沿いの道で何度も迷いながら81キロ進んだホエに到着。海峡は波もなく静かで、曇った空の下の水平線には大陸を見る事はできなかったし、そこがラッカ岬の近くとは思えなかったけれど、なんだか十分満たされた気持ちだった。かつて、松田伝十郎、間宮林蔵が歩いた道を自分のバイクで行ける限り進んで来ることが出来たのだから。


波静かな間宮海峡を見ながらどんどん北上中

 旅を終えて4年後の‘03年7月21日、新潟ツーリングの途中、柏崎市米山町に寄る事ができた。ここにいつか訪れたいと思っていた、松田伝十郎の功績を記した碑がある。サハリンツーリングで松田伝十郎が歩いた同じ道を走ってきたバイクに乗って碑の前に立てた時、ようやくサハリンツーリングが終わったような気がした。