2004年5月号 ある旅人の言葉/河上忠央

 「もっとすごい、自分が今まで知らなかったような力がわいてくるかと思ったんです」
 でも、と彼は一瞬視線を落とし、ねばりつく湿気の中で言葉をつないだ。
 「結局は、今までの蓄積というか、引き出しの中から使えるものを組み合わせて対処しているだけなんですね」

 場所はエリトリアのマッサワ港、1997年11月。
 わたしと連れ合いは、フェリーでエジプト・スエズ港からサウジアラビア・ジッダ港へ。さらに貨客船へと乗り換えてマッサワ港に着いたばかり。彼は同じ船でサウジへ、そしてエジプトへと向かう。
 こんなところで日本人バイク旅行者に出会うとは想像もしなかったが、アフリカの情報、とりわけケニアのモヤレ〜イシオロ間500キロの最新情報を、それも日本語で聞ける絶好のチャンスだ。
 しかし、時間がない。彼が明日の早朝出港するまでの数時間しか。

 夜のバー。地元の人たちの大声とけたたましい音楽。開け放たれたドア・窓から、昼間と比べるといくぶんましになった空気が入ってくるが、たまらない湿気と気温で息をするのにも毎回小さな覚悟が必要だ。ビールはすでにぬるい。

 天候、道路状況、ガソリン事情、水・食料の補給、そしてもっとも重要な治安。矢継ぎ早の質問にも、彼は憶測や想像や期待などの夾雑物を排し、事実と経験のみを冷静に言葉へと置き換える。
 彼は、雨季入りにまだ間があるものと考え、イシオロを出発。しかし翌日から雨が始まってしまい、この区間には大変な難儀をした。
 大雨であたりは道路を見失うほどの水たまりと化す。そこにトラックが入り、こね繰り返し泥沼となる。泥沼を避け脇を通ろうとするとアカシアのとがった実でパンクする。雨の中、泥の中での修理は一再どころではなかったらしい。チューブがズタズタになり身動きが取れなくなったが、村の少年が野宿を重ね新チューブを買ってきてくれて再出発。今度はバイク押しの助手として少年を後ろに乗せてのスタートだった。
 わたしと連れ合いは、この話だけで参ってしまい、アフリカの前途に暗澹たる気持ちを抱いた。

 彼は日本を出発する前、「これまでと違う、自分も知らなかった新しい自分の発見」をこの旅に期待していたと言う。そして「でも・・・」と冒頭の言葉へとつながる。
 どんなに大変なことに出くわしても、それに当たり、解決し前に進むのは自分自身でしかない。凡人である自分に、隠された才能も超人的な体力もない。あるわけもない。ただ、これまでの蓄積を大事にし、もっとも合理的な組み合わせを見つけて毎日を過ごしていくしかない。
 彼はそのことに気づいていた。
 わたしにも同様の期待があった。旅を通して自分が何か、何者かに変われるかもしれない、という根拠のない思い上がりにも似た、期待だった。
しかし、わたしはわたしであり、泥の中で何度パンク修理をしても、わたしはわたしでしかない。
 日本でやっていた毎日の仕事と同じ、目の前の問題を単純に処理し続けるだけなのだな、この旅は。そう思ったら、フイッと肩の力が抜けた。そして気分も楽になった。オートバイだ、挑戦だ、達成だ、走破だとなにやら勢いのいい言葉がその瞬間にどこかへと消え、気負いなく自然体で旅を続ける勇気がわいてきた。
 今でも、達成だ、走破だのという言葉を見るたび、自分の昔の思い上がりを見せつけられているようで、背中に冷たい汗を感じる。


泥とオイルとカレーできたない爪際。ちょっとうれしい。(1996年12月)


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