2007年1月号 地球は平らだった / 松尾清晴

ラジオ体操と恩師

 「まつお! きょうはおまえがやれ」
 朝礼台でラジオ体操をやらされた。両膝は継ぎあてだらけのズボンをはいていた51年前、小学校6年生のとき。指示したのは若いT先生だった。小学生600人ほどの前で突然指名を受けた。
 ドキッ。
 「ウワッ、できるか、はずかしい」
 一瞬とまどった。
 思いきって台に上がり無事終えた。みんなの顔は見られなかった。いま振りかえると、これが自分を変える勇気と自信を持てるきっかけになったと思う。

 オートバイで世界をまわって一時帰国した。ふるさとである佐賀県嬉野の、T先生の自宅に挨拶に伺った。
 「もう亡くなったんですよ」
 と奥さん。お世話になったお話をした。
 「そうでしたか」
 スポーツマンの気持ちのあったかかったT先生に、ラジオ体操のことを話し感謝の気持ちを伝えたかった。(ラジオ体操は1955年ごろのこと)


地元で取れた果物、魚などを大型船に売りに来た子供たち(2001.3)

生きてる「瞳」

  アマゾン川の大型運航船では、1階に50人、2階に50人いて、自分の寝床のハンモックを張る5泊6日の船旅。オートバイも一緒。『道路、ガソリン補給、宿泊』のことなどまったく考えなくていい、こんなに気楽なことはない。ベレン港からジャングルの町マナウスまでのんびりの旅。

 船べりにあごをつけ、朝から日が暮れるまでアマゾンで暮らす人々や景色を眺めた。まわり灯篭のように次から次と移り変わるアマゾン川。狭いところは数十m、広いところは数十kmで、川岸は見えない。時々小船に乗った現地の子供たちは、その大型運航船に地元でとれた果物や魚など売りに来る。

 大型船が近づくと、川岸からいっせいに小船を漕ぎ出す。小船には2人ずつ乗っている。大型船の波しぶきを浴びながら、船の側面のタイヤに鉄のカギ棒を引っ掛ける。大人でもむずかしそう。その瞬間は相当の力がいることだろう。引っ掛けに失敗し後方に流されてゆくのもある。

 成功した2、3隻が、船にロープで固定してあがってくる。小学生ぐらいの男の子、女の姉妹もいる。10歳、いやもっと下かもしれない。その子供の目を見て驚いた。らんらんと輝いてる。生きてる「瞳」と言うのはこのことを言うのだろうか。しばらくその子供の目に魅せられた。

 わたしは茹でた川えびを買った。最高のビールのつまみになった。大自然アマゾン川で暮らすたくましい少年、少女たち。今までで初めて見た「瞳の輝き」だった。(2001.4)


エベレスト、チョモランマ ベースキャンプ5200m(2004.9.25)

行けるところまで行ってみた

エベレスト、チョモランマ、ベースキャンプに着いた。エベレストは太陽の光をうけ、青空の中にきらきらと白く輝ききれいだった。疲れはどこかへいってしまっていた。ここは5200m。一緒に走った粥川ライダーと、エベレストをバックに両手を思いっきり挙げた写真を撮った。

 悪路続きで何回も転んで右手くすり指を骨折していた。この日の朝セルモーターが故障、初めて押しがけをしてもらい、エンジンをかけた。食事の時、ガソリン補給で停まる度に押しがけをしてもらう。登り坂で止ったらおしまいだ。骨折している指にビリッと来る。パッと手が離れる。

 親指と人差し指の2本しか使えないので、手首に疲れが出て限界に近い。オートバイも、最後はローギアーで必死で登りきった。ネパールのカトマンズでの中国の入国手続きは直前でだめになり、チベット行きを一時あきらめた。2回目の挑戦で、ここではようやく許可が下りた。


8000m級の山が連なるヒマラヤ山脈。エベレストに向かって走る。チベットにて(2004.9.25)

国境では、デポジットの食い違いで丸一日足止めをくらう。次の日から一気に3700mの高地に入る。チベットの平均標高は4000m。峠にさし掛かると、エンジンのパワーがなくなりエンスト、高地の影響がもろに出てきた。停まるたびにプラグの整備を繰り返して走る。

 道は砂利道、川には橋がない、長いぬかるみのわだち。5000mを越える峠を5つか6つ越えたが、最後の峠でとうとう動かなくなる。後ろから来たトラックにラサまで運んでもらう。ラサの町のオートバイ屋で、エンジンを高所用に調整。どうにかパワーは復活。

 ポタラ宮のあるラサの町は、山奥の静かなところだろうとイメージしていたが、整然としたにぎやかな街に少しがっかり。これから進む、西チベット仏教の聖地カイラス山、そしてエベレストへの道への不安が、床に入っても頭から離れない夜が続く。

 毎朝「よし! 挑戦だ!」と気持ちを込めた。エベレストどころか、チベットまでこれるとは思ってもいなかった。エベレストの前に立ったとき、人生61年の中で一番感動した瞬間でもあった。(2004.9)

写真左から:
 ・標高が高く夜寝ていて息苦しくなり、お迎えが来たのかと思った。西チベットの仏教の聖地「カイラス山」。
 ・こりゃーだめだ、引き返そうと思った。地元の人9人を雇って石ころの峠を越えてチベットへ向かう。(2004.9)
 ・実際に見ることはないだろうと思っていたエベレストに、オートバイで来てしまった。
 ・一緒に走った粥川ライダー。チベットのラサのポタラ宮前広場にて。(2004.9)

 


松尾清晴(まつおきよはる)
誕生:1943年(昭和18年)10月15日生
現住所:さいたま市浦和区常盤
出身地:佐賀県嬉野市嬉野町もろいわ両岩
HONDAの1500ccワルキューレで走行中。酒がないと1日は終わらない。ああ人生あとがない。

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