2003年11月号 「北朝鮮国境地帯ツーリングガイド」/満州

 バブルが崩壊して、日本でやっていた商売が失敗し、ほとんど夜逃げ同然に中国へ留学したのが、90年代のある年。中国吉林省朝鮮族自治州という長い名前の土地で、そこの州都にある延辺大学というところの留学生寮に転がり込んだ。名目は語学留学生だが、ここの大学は韓国人の留学生がほとんどで、『中国語の授業を、朝鮮語(韓国語)を使って教える』というキチガイじみたシステムを取っている(これは、現地に行くまで知らなかった)。

 当然、韓国人以外の留学生には、教師が授業中に何をしゃべっているのか、ほとんどわからない。1学期が終わり2学期が始まるころには、韓国人以外の留学生は、ほとんど授業に出ず、街を遊び歩くようになっていた。その方が、生の中国語に触れられるし、面白いのだ。
 当然私も、真っ先に授業をボイコットした口である(その前に一応、『朝鮮語で中国語を教えることの不合理』を学校当局に訴え、学内共産党委員会にも訴状を出したんだけど、これは徹底的に無視された)。

延辺大学。行進しているのは、軍事教練中の1年生。外国人に対して、面子と体裁だけを気にする、実にくだらない学校だった。

 そうなると俄然、自由に行動できる手段が欲しくなる。中国の国内事情にお詳しい方ならご存知のことと思われるが、彼の国の交通事情は極めて劣悪だ。鉄道の路線は少なく(延辺に関しては、日帝時代の遺産もあって必ずしもそうではないが)、バスの本数は少なく、常に混雑しており、服務員はどいつもこいつも威張り腐っている。
 タクシーに至ってはもう雲助同然で、最初に取り決めた料金が、降りるときに守られているケースは極めてまれである。中国で長距離を旅するときは、精神の平衡を失うか、フトコロの現金を失うか、あるいは生命を失うかの覚悟をした方が良い。実際の話、地方の街道では長距離バスを狙った強盗団が横行しており、抵抗したり金品を渡すことを拒んだりすると、見せしめに殺されることがある。

 私は、なんとかバイクを手に入れようと画策した。市内の百貨店では、自転車売場の横にバイクも陳列されていたが、国営企業の悲しさで値引きには一切応じてくれない。
 こっちの方も、外国人が正規に購入したバイクに対しナンバーが取れるのかどうか不安だったため、なんとか中古車を入手することができないかと思案した。
 延吉の街の中国人民銀行から狗肉街(朝鮮族は犬の肉を常食とするため、そう呼ばれる狗肉レストラン街がある)までの100mほどの道は、日曜日ごとに延辺のバイク乗りたちが集まり、道ばたに自慢の愛車を並べてバイク談義に華を咲かせる通りだ。私は日曜日になるとそこへ出掛け、これはというバイクを見せびらかしている中国人を見つけて、交渉をするようになった。

バイクストリートで売られていた公安用バイク(中古)。これに乗ってりゃ、駐車違反でつかまる恐れもないだろうな、と購入を検討。

 ようやく、嘉陵というメーカーから出ているホンダXL125のコピーらしきオフロードバイク(★注)を手に入れて、私の中国におけるライダー生活は始まった。中国でのオートバイの地位は、自転車よりもちょっと上なだけで耕耘機と同クラス、完全に労働用の乗り物と言った扱いだ(これには、中国社会がオートバイを娯楽として乗り回せるほど豊かではない、という事情がもちろん関係している)。その結果、オートバイに乗っていて、外国人だと見破られる事は絶対に無い。公安の検問だろうが、外国人立入禁止の地域だろうが、フリーパスで突破できる。

図門の国境。映像で紹介される延辺自治州の国境は、全てここで撮影されている。ヘルメットは人民解放軍航空パイロット用。

 ここまで読まれた方はとうにお気づきかと思われるが、私が滞在していた延辺朝鮮族自治州というのは、昨年の9月以来大きくマスコミなどにも取りあげられている『飢餓難民』や『日本人妻』が、北朝鮮から脱出してくる地域でもある。
 当然、この地域を留学先に選んだ私の関心も、そこにあった。バイクという自由な交通手段、つまり中国の情報機関や現地の警察当局にも察知されにくい乗り物を手に入れた私は、それに跨ってさっそく中朝の国境地帯のパトロールを始めた。

国境のダート。左側に国境線である川、図門江(朝鮮側の呼称は豆満江)が流れており、奥に見える山はもう北朝鮮になる。

★注:ちなみに、延辺の中国人が最も好むバイクは、カウリング付きのレーサーレプリカ。中国はまだ舗装されていない道が多いから、オフ車の方に需要がありそうなもんだが、北京や地方都市で、デュアルパーパスマシンを見かけることはめったにない。なお、中国国産のバイクは当時、125ccのものまでに制限されていた。とにかく故障しやすく、私のバイクも、ふた月に3度くらいの割合で、修理代が100元以上かかる故障をしていたね。中国では、バイクは修理屋に押して行ける範囲だけで使える乗り物。


<<