2004年9月号 酒の話/Hiro.たかはし

 どこの国の酒が一番美味しかったかは一言では言えない。
そのときの状況や呑む相手でずいぶんと味も変わるものだ。
しかし、不味かった酒は特定できる、インドのアムリッツアルでの事だ。

 僕たちはケープタウンのバイク屋のオヤジ“ウォルフ”の家で、すっかり粕漬けにされた後に西アジアへと飛び、トルコ・イラン・パキスタンとイスラムの国を旅してインドへとたどり着いた。イスラムの国に酒が全く無い訳ではなかったが、僕たちはそれらの国で敢えて酒を呑もうという気にはなれず、酒の無い日々を常としていた。

 ところが、インドに入国したその日、宿の隣のレストランには堂々とビールの看板が掲げられ、そのメニューにも“アルコール”の欄があった。
「ビールだ…。」
 ここの所すっかり忘れていたものが、懐かしく脳裏に浮かび上がり、と同時に咽喉が鳴った。
「ゴクリ……。」
「よし、インドに入国したお祝いにビールを飲もう!」
 めずらしく意見が一致した。

 メニューに掲げられた数種のビールの中から、いちばん響きの良い名前のものを選びウエイターにそれを注文すると、彼は店の奥で別室になっているところを指差した。「向こうへ移動してくれ。」ということらしい。
堂々たるビールの看板を掲げ、メニューにもそれは載せられてはいるが、まだ回教徒の多く入り混じった土地柄、公衆の面前でそれを飲ませることは控えられているようだった。
しかし、それはそれで良いではないか。ましてや別室に移動させられるともなれば、次に出てくるべきそれは、さぞかしの逸品であろうものと、期待に胸は躍った。

 さあ、かくしてそれはボク達の目の前に神々しい姿を現した。
意外と大きな透明なビンの中にそれは収められ、簡素なレッテルが貼られていた。ウエイターがうやうやしく栓を抜いた時の「ポン!」という音が、ボクの記憶よりも小さかった気がしたが。グラスにそれが注がれた時の泡立ち具合も、ボクの憶えているそれとは異なった気もしたが。すっかり渇き切った咽喉に、それはもうどうでもよい事だった。
「アジアハイウェイに! インド入国に! 乾杯!!」

「んぐ、んぐ…ゴクリ…。」

沈黙が訪れた…。
無言で顔を見合わせた…。
「プハ〜〜〜〜〜ッ!」
と、言いたかったのだが……。

この大きなビンに残っている黄色味を帯びた液体を、どう処分しようか。
それは安易に“アルコール”に手を伸ばしてしまった、愚か者への試練だった。
彼女は素早くグラスを伏せた。それを放棄した。ボクが(目の前に出された飲食物は残せない)ということを充分に知ってのことだ。
「嗚呼……。」

『タカハシさんのエッセイ集』より抜粋。



<< 

↑バックナンバーを読むには、上記の<<をクリックしてください