2005年5月号 シフトする情景/飯田章仁

 2000年から2001年にかけて、バイクでユーラシア大陸を横断しました。私の初めての海外ツーリングであり、シールド越しに移りゆく景色を眺め、
 「ああ、俺は今地球を移動しているのだなあ」
 と、実感というか自己満足に浸ることができました。走行中の情景は、少しずつ連続的に変わっていくことも多いのですが、時折これが、ある一線を境に突然激変してしまうという事があります。たとえ数日、または数時間であれ、慣れ親しんだその空気からまったく別の空気をたたえる異質な土地に心構えなく突入してしまうと、なにか遠近感が微妙に狂ったような、ちょっと不思議な感覚に襲われてボーッとしてしまうことがありました。今回は私が体験した突然の情景シフトについて、いくつか紹介したいと思います。

 まず、人間が人為的に引く境界線で最たるものが国境。この国境で少なからず衝撃を受けたのが、イランからパキスタンへ入国した時の生活レベルの違い、はっきり言えば貧富の差でした。イラン側は町並みや人々の服装も小奇麗で道路もきちんと舗装されていたのに対し、イミグレを過ぎて一歩パキスタン側に入るとかなりすさまじい、ちょっと大げさに言えば、『北斗の拳』にでてくる核戦争後の地球みたいな光景が眼前に広がっていました。土埃の舞う国境の町には、今にも崩れそうな小屋が立ち並び、行き交う人々の白いダボっとした独特の服装は、汚れて色が変わってしまっています。ガソリンスタンドでは、ドラム缶から直接ポンプで吸い上げて給油するといった状態でした。もし私が大陸を東から西へ向かって走っていたらこれほど驚きはしなかったと思いますが、欧州方面からトルコ、イランと比較的裕福な国を通過してきたので、荒廃した印象が一段と増幅されたのかもしれません。

 逆に国境では別にどうということもなかったけど、国の中ほどで、
 「あれ、なんか急に変わったぞ?」
 と思ったのがスイスの中部、ローヌ川沿いの国道を東に走っていた時の事。店の看板や交通標識の表記言語が唐突に変わり、同時に空気や人々の表情もきりっと引き締まったような気がしました。ご存知のようにスイスにはスイス語というものはなく、フランス語、ドイツ語、イタリア語にロマンシュ語という4言語が地域毎に使われています。私が通過したのは、仏語圏から独語圏への、国境ならぬいわゆる言語境とでも言うべきもので、言葉と共にある文化や生活のリズムなども、同じくここで切り替わっていたのでしょう。

 自然が造りだす境界にも驚かされる事がありました。これもイランの話ですが、アルダビルという町からカスピ海沿岸の町に向かって走っていた時の事、眼前に立ちはだかる山の手前までは、乾燥した空気と岩山の連続で単調な風景が続いていましたが、トンネルを抜けるとそこは緑の地! だったのです。山には草木が茂って空気がにわかに湿っぽくなり、さらに進むと、水田風景まで目に飛び込んできて懐かしい気持ちにさえなりました。地理の教科書風に言えば、内陸性気候とカスピ海沿岸気候の違いと言うべきでしょうか。しかし、一つの山を境にこれほど気候と植生が激変したところは、後にも先にもこれが初めてでした。

 他にも、民族や言葉は同じなのに政治的な理由で雰囲気が一変した南アイルランド〜北アイルランド間や、あまりの交通量の違いに面食らったインド〜ネパール間など、いろいろ面白い『境界』を通過しましたが、日本ではお目にかかれない、このような種類の情景のシフトを五感いっぱいに味わえるのが、海外ツーリングの醍醐味の一つだと思います。


何気ない光景にも目が釘付けになる……カンボジア


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