2006年7月号  ラドロン・イ・ミラグロ/上田和由(wayu)
 

「もうこの旅の運は、全部使っちゃったんじゃないの??」
 ペンション・アミーゴの居間で笑いが起こった。
 うん、たしかに、こんなこともあるんだ、というくらいの奇跡(ミラグロ)が、メキシコ・シティーで起こった。

 バンクーバーから南下、スペイン語もろくに話せずメキシコの首都になんとか着いた僕は、早速ラテンアメリカの洗礼を受ける。

 カメラはたすきがけ、腰にウエストポーチ、ジーパンのケツポケットには財布と、気合の入った出立ちで、さっそうと僕は地下鉄に乗り込んだ。車内は超満員で、ババア2人に挟まれ、押されて押されて、あっという間にオノボリサンのウエストポーチは遥か彼方へいってしまった。

 金は入っていなかったが、僕はなんとご丁寧に、パスポート、ツーリストカード、さらに地下鉄に乗るのに必帯と思われるバイクの通行許可書(ペルミソ)などなど、簡単にはずせるポーチの中に、大事なものをたくさん入れてお出かけしていた。

 時間と金をかけ、取り戻せるものはいい。悔しくて悔しくて夜も眠れなかったのが、手帳を盗まれたことだった。手帳には賀曽利さんのサインとメッセージ、カナダとアメリカで出会った旅人の住所とメッセージなどが書かれていた。
「くっそー、ラドロン(泥棒)め〜〜、てめーらには賀曽利さんのサインなぞ必要ねえだろうがあああ!!」
 と、アミーゴの居間でコロナをガブ飲みしながらくだを巻くが、後の祭り。盗まれるほうが悪い。

 外を歩くとメキシコ人すべてが泥棒に見える。日本大使館では、「あなたみたいな(バカな)人は初めてです」というお言葉をいただいた。ペルミソを盗まれた、なんてえのは前代未聞らしい(反省してます)。

 パスポートは2日で再発行できたが、ツーリストカードは11日もかかった(この間に空手道場に通い始める)。アミーゴの旅人たちがどんどん入れ替わっていくなか、僕だけが動けない。大使館の人が心配したペルミソは、3日で再発行できた。

 ペルミソができる前日の夜、空手からアミーゴへ戻ると、
「今日、”日本人のウエストポーチを拾った”、というスーツ姿のメキシコ人の若者に、ソナロッサで会った」
 とパッカーのKさんに言われた。翌日その若者に電話すると、アミーゴまでポーチを持ってくるという。

「話がうますぎる」と、警戒する人もいたが、夕方アミーゴの外で会うと、彼が持ってきてくれたのは紛れもなく僕のウエストポーチだった。
「同じメキシコ人が泥棒を働いてすまない。メキシコを嫌いにならないでくれ」
 と彼は言い、僕らはガッチリ握手して別れた。

 同じドミの部屋へあとから入ってきたKさんに、なぜ僕がしばらくアミーゴから出られないかを話した。Kさんは偶然、メキシコ人の若者にソナロッサで声をかけられたのだが、ウエストポーチの話を僕から聞いていなければ、その若者の話はとりあわず無視していただろう、と言った。

 すごい確率で幸運をひろったもんだな、と思う。いろいろな想像はできるが、ポーチがたどった本当のルートを確かめる術はない。しかしとにかく僕は、若者の行動に感謝し、言を信じている。

 ポーチの中のものは手帳をはじめほとんど戻ってきたが、恩師からもらった「身代わり観音のお守り」は、なくなっていた。

 そして僕は今、メキシコもタコスもスペイン語も大好きである。

★プロフィール
上田和由(wayu)
97年9月から14ヶ月かけて北中南米を走り、3年NYに滞在し、語学を勉強しながら働く。その後さらに14ヶ月かけて南米を走る。

★URL
http://www.bumba.com.br
サンパウロ発〜、ブンバにツーリング日記連載中。ブラジルや南米に興味のある方は、ぜひチェック!


パレンケ遺跡にて


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