2005年11月号   神様の悪戯/やひ

 21世紀の最初の年(つまり2001年)、僕は韓国と北朝鮮に行った。

 出身地が福岡という土地柄か、中学校、高校のころから韓国に興味を持っていて、一通りのハングル文字を読むことは出来たし、最初に行く外国は韓国だと心に決めていた。今でこそ韓流ブームで、TVドラマや食べ物、本などたくさんの韓国にお目にかかることが出来るのだが、僕がいた福岡は、そんなブームが来る遥か前から韓国が街中にあふれていたのである。

 そんな福岡で育った僕が就職して上京し、バイク仲間も増え、いつの間にか賀曽利さんを筆頭に、たくさんの交友関係を築いていった。

 上京して2年経ったある日、賀曽利Onlineより一通のメールを受け取った。ツアーの案内であり、その中にある”南北朝鮮”の文字が、僕には浮かび上がって見えた。そして賀曽利さんの北朝鮮ツーリング報告会に行き、色々な話を聞いているうちに、韓国熱が再燃してきたのである。

 報告会の時点では、ツアーなのに費用も行程もまったく不明で、何をどう準備したらいいのかわからなかった。もちろん海外ツーリングの経験者でも、自分のオートバイを韓国に持ち込んだ人は賀曽利さん以外にいなかったし、北朝鮮に持ち込んだ人はまだ誰もいないのである。

  ”これは神様が行けと言っているに違いない!”
 そう思った。

 このツアー、何から何まで初めて尽くしなのである。
 まず、僕は外国に行ったことがなかった。そして、外国で運転したこともなかった。当然、バイクを国外に持ち出すのも初めてならば、このツアーも世界初なのである。北朝鮮なんてまったく情報の入らない国に行くなんて、とんでもないことなのである。

 初めての体験に神様はさまざまな試練を用意していた。まず、誰に何を聞いていいのかわからないのだ。ツアーと言っても、日本の旅行会社が企画したものではないので、出発地点であるソウルには自力で行かなければならない。途方に暮れていたが、1日2日と経つにつれ賀曽利さんのWebサイトに少しずつ情報が集まり始め、主催者であるKMF(韓国モーターサイクル連盟)に連絡をとる手段が見つかった。

 そこを足がかりに、フェリー会社とカルネの発給元であるJCAA(国際商事仲裁協会。現在は日本商事仲裁協会。このときJAFのカルネは使用できなかった)に連絡を取った。このツアーの目鼻立ちがどうにかはっきりしてきたとき、次の難関にぶつかった。カルネの保証金である。僕のバイクは50万円と評価されたため、それと同額の保証金を用意しなければならなくなったのだ。しかし、社会人3年目で会社の寮から飛び出したばかりの僕に、そんな大金は用意できなかった。また、フェリーが満席で予約も取れず、バイクを韓国へ持ち込む手段が確保出来ない。そこで話はストップした。

 なにか方法はないか方々に探りを入れていたら、フェリー会社から、BMWのオーナーズクラブが団体でキャンセル待ちをしているという情報が出てきた。そこでクラブに連絡を取り、仲間に入れてもらうことでカルネの保証金を工面しなくてもよいことになり、それと同時に韓国へバイクを持ち込む手段が確保された。そんなこんなで船の予約は出発3週間前に取れたのだが、カルネが発給されたのは、実に出発2日前のことであった。

  ”やった!神様に勝った!!”
 そんな心境である。

 結局どういう形になったかというと、BMWオーナーズクラブのツアーに10名が参加し、そのツアーはKMFの主催するソウル出発のツアーに乗っかり、KMFのツアーがソクチョ発の現代峨山のツアーに乗っかるという、とても不思議なツアーとなった。

 こうして数々の難関を突破し、どうにか韓国へ行ったのだが、今度はハードスケジュールとトラブルの嵐が待っていた。

 韓国の地を踏んで最初のトラブルは、韓国のガイドのバイクがパンクしたことである。トラブルを予測していなかったのか、地元韓国組はパンク修理キットなどを持ち合わせていなかった。

 途方に暮れている韓国組の皆さんを眺めていると、こっちまで落胆してしまう。この先どうなってしまうのかと。で、バイクの様子を見たら、確かに走れる様子ではない。
  ”タイヤのサイズはアフリカツインのものと同じなのかぁ……ん? 自分の予備チューブがあるじゃん!!”
 東京を出発するときに、バイク屋の店長が持たせてくれたものである。チューブを差し出し、何とかツアーを続行することが出来た。

  ”神様、ありがとう!”

 ちなみに、このときパンク修理をしてタイヤの中から出てきたのは、なんとカブのチューブだったのだ。


パンクしたタイヤ。この中からカブのチューブが出てきた。
韓国のヨンチョン(永川)にて。


 次に起きたトラブルは、別のガイドが乗るバイクのハンドルである。トップブリッジにクラックが入っているらしく、もう走れないとのこと。結局そのガイドは誰かに迎えに来てもらうことになり、その場においていくことになった。

 一体どんな無茶をしたら、トップブリッジにクラックが入るんだろうか?

 こんな感じで5日間、韓国と北朝鮮を走るのである。
 中でも一番強烈なのは、北朝鮮国内にてバスで金剛山温泉まで連れて行かれたときのことである。現地添乗員が”時間がございません、5分後にバスにお戻りください”と言い出したのである。

 バスに同乗していた韓国の参加者が抗議して延ばしてもらったが、それでも15分しかなかった。慌てて温泉につかったため、ゆったりとできなかった。そのほかにも参加者がKMFの会長に殴りかかったり、韓国に再入国してからの帰路の保険がないことを知ったライダーがKMFのスタッフに詰め寄るなど、てんやわんやであったのである。

 韓国に戻ってもほっとできず、神様が我々にトラブルをぶつけて遊んでいるような錯覚にさえ陥るほどだった。


前日の雨でダートはヌタ場へと変貌し、大型バイクのほとんどがはまり込んでいた。
北朝鮮の海金剛にて。

 日本からの参加者である我々に対しては、お詫びのしるしということで、蟹をご馳走してもらったのだが、ほかの人はどうだったのだろう?

 そして、神様は最後も我々にサプライズを用意していた。フェリーの出航時間が迫り、ソクチョからプサンまで徹夜で走ることを強いられ、どうにかこうにか日本組10人はプサン港に到着したのだが、その直後に1台のバイクが故障したのである。カルネはバイク10台で1枚だったので、1台でも欠けたら莫大な関税を払う羽目になるところだった。僕らは、最後の最後まで肝を冷やしたのである。


この後参加者のバイクが故障し、10人がかりで押しがけをした。最終日プサン港にて。

 僕は最初、ツアーなんで楽だという優雅なイメージを抱いていたのだが、初の海外ツーリングで、いきなり濃密な経験をしてしまった。

  サラリーマンでありながら海外ツーリングをやろうなんてことは、正気の沙汰ではない。よっぽどの馬鹿がやることである。僕も相当のお馬鹿である。そして、そのお馬鹿に付き合う神様もいるのである。

筆者URL: http://www.geocities.jp/yahhys/JP/


<< 

↑バックナンバーを読むには、上記の<<をクリックしてください