2008年8月号

旅欲 / 吉岡錫永

 日本に来て丸8年。現在は千葉県の田舎で百姓をやっている。8年が経っても言葉、食べ物など慣れない物が多くて、街の中のこともいまだによく分からない無国籍料理みたいな人間になっていると自分は感じる。

 日本人の女性と結婚して女の子の父になって、国籍は変わって日本人になっている。韓国の友達は時々言う。お前の人生は波瀾万丈だと。でも私はそういうふうには思わない。結婚して親になる人も大勢いるし、帰化して日本人になる人も多い。そんなことより私の人生にとって一番衝撃的な出来事は、やはりバイクという乗り物との出会いだったと私は思う。

 いま乗っているバイクは250ccのオフロードモデルである。いままで14,000km程度走っている。バイクに乗って出かけて、様々な人々と出会い知り合いになろうとはバイクに乗る前は想像も出来なかった。

 生き物には本能というものが有ると言われている。食欲、睡眠欲、性欲などがある。私の個人的な意見として、人間には旅欲というものがあると思う。昔、狩猟と採取の時代、人間は生きていくため移動をしないといけなかった時代があった。すなわち旅である。その旅の遺伝子は、今もわれわれの血管の中を滔々と流れている。

 残念ながら、その旅の遺伝子かよく働かない人達もいる。バイク乗りの気持ちがよくわからない人達である。うちの妻もその一人である。

 昔、韓国のある偉い人は、三日の間、本を読まないと口の中が痛くなると言ったそうだ。でも私は違う。三日の間バイクに乗らなかったり、1ヶ月の間、寝袋やテントの中で寝ないと口の中が痛くなる。どうしょうもない旅の遺伝子の働きである。

 南米のパラグアイに住んでいた時、馬に乗った事がある。何もない大草原を馬に乗ってゆっくり歩くと、何万年も前にタイムスリップしたみたいで血が騒いでくる。その気持ちをしばらくの間忘れていた。日本に来てバイクに乗り始めて、その気持ちがよみがえってきた。

 韓国の、あるバイククラブのキャッチフレーズがある。

 「生きるために乗る。乗るために生きる。」
 
  まさにそのとおりである。

 ★吉岡錫永(よしおかすずなが)
韓国のKOICA(日本のJICAのようなもの)という機関のボランンティアとして南米のパラグアイに行って、4年後日本人の女性と結婚して、現在は千葉県野田市で百姓の修業中。


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