第8回WTN-Jお話会


「オートバイに揺られて〜世界一周8年8ヶ月の旅」

日程:2005年2月12日
場所:キャンパスプラザ京都
話し手:村田憲治氏
参加者:61名
報告者:びわこナマズ
写真:みっき、ミミーゴ


*このお話し会の告知は、ここに保存しています

 今回のお話会は恒例となる京都開催。話し手は1995年〜2004年まで8年8ヶ月かけ世界一周をした村田憲治氏である。(ツーリングデータはライダーズアルバム参照)

 また今回はお話会の前に海外ツーリングをするに当って質問したい人も多いだろうと雑談会なるものを行った。PM4:30〜6:30まで京都駅近くのカラオケの一室を借り27名が集まった。

 最初は各自バラバラにグループになり話をしていたが統一感がないのでスタッフの林君が司会をつとめ、これからツーリングをする人達からの質問を受け、それに対して経験者が返答するという形を取った。
 この方が全ての人に質問と答えが聞けるので良かったと思われる。なにぶん初めての趣向だったので段取りが悪いのは反省材料として次回に生かしていきたいと思う。

 場所を移動しPM7:00からお話会はスタート。村田氏は海外へ行きたいという思いは子供の頃からあったがバイクで行こうと決めたのは短大1年の時だった。最初エクアドルに行きたかったそうだがバイクをエクアドルに送るよりカナダに送った方が安いということでバンクーバースタートとした。
 当初は1年半での世界一周を計画していたが海外で働けることがわかり、これならもっとゆっくり旅ができると、のんびりペースに変わった。その為、彼は世界各地で働きながら旅をするというスタイルを採っている。8年8ヶ月のうち2年6ヶ月は仕事をしていたそうだ。

 南米のパラグアイではトリップメーターが壊れた為、自分がどれぐらい走ったのか目的地までどれくらいなのか解らなくなり道に迷った時は死というものを身近に感じたと語る。
 その時、思い出したのは父親が旅立つ前に語った「後戻りする勇気も必要。進むだけが全てじゃない。」という言葉だった。結局引き返すことで危機を脱出する。
 その後クラッチを壊しポリスステーションで泊めてもらうが、そのポリスがホモで何度も誘われたが何とか男の操は守ったようである。

 その後、南米から船でヨーロッパに渡りパートナーと落ち合いタンデムでアフリカを目指す。
 彼はSRというバイクで旅をしていることもあり本来ダートは嫌いだそうだが行きたい国はなぜかダートばかり。タンデムでサハラを越え西アフリカを回ったあとバイクは船で南アフリカに送りケニアまではタンデムで旅をした。ここでパートナーは帰国し彼は一人でどうしても行きたい中央アフリカに挑む。
 その間コンゴでジャングルの道なき道を走りチャド〜スーダンではパンク地獄にあったりしている。それでもとにかく諦めることなく先へ進み無事アフリカを脱出。再度ヨーロッパでパートナーと落ち合い今度はパートナーと共にバイク2台でアジアを走ることとなる。

 彼はとにかく話を聞いただけで諦めるのは嫌なようでバイクで入国するのは無理だと言われていた中国にも粘り強い情報収集と交渉力で2週間の中国ツーリングを果たす。
 ミャンマー入国もインドからバングラデシュからと様々な国境でトライするが今回は結局入国できなかった。簡単に諦めないところが彼らしい。その後、東南アジアを回り再度中国へ。バイクはバラしてバスの上に載せ国境を越えるという離れ業で入国し昆明まで走り、そこからはバイクを列車に載せ上海へ行きフェリーで無事、大阪に帰国した。

 彼が今回の旅を通じてどうしても言っておきたいことは日本での海外のニュースは大げさでウソが多いということだ。どうしても日本では悪い事件を大きく報道する傾向があるが事件が起こっていても実情はそれほどひどくなく一般の国民は普通に生活しているという事実がある。ある1つの情報だけをうのみにするのではなく自分自身の目で確かめ真実とは何なのかを各自が見極めて判断して欲しいということだった。

 彼の場合SRというバイク(名前は風馬だそうだ)で嫌いなダートを限りなく走っているが、そこにはこのバイクでは無理だなどという発想はない。ただ自分が行きたい国をこのバイクで走るんだ!という想いだけである。その為とんでもない目にも数多くあってしまうが、これこそが彼の旅である。中国にしてもミャンマーにしても、みんなは入国できないと言うが彼はとにかく試してみないと気がすまない。ありとあらゆる手を尽くし、それでもだめなら諦めるという考え方だ。
 とかく今の世の中は楽な方へと流れがちだが、あえて厳しく辛い道を選び、のたうちまわるのも、いいんじゃないか?!そう思わせる、お話会だった。


会場は60名を超える聴衆でいっぱいに

スライドとパソコンの両方を駆使

夜10時開始にも関わらず、2次会も盛況です

・・・日付が変わっても宴は続くのでした