第18回WTN-Jお話会

『 韓国人ライダーの見た、日本と韓国 』

日程: 2007 年 12月 16 日(日)
場所: 東京都品川区グレイスビル泉岳寺
話し手: 吉岡錫永さん

報告者: いまさん
 

 今回お話しされた吉岡 錫永(すずなが)さんは本名:柳 錫永(リュウ ソキョン)という元韓国人です。
  私が初めて吉岡さんと話しをしたのは今年4月に神奈川県の青野原キャンプ場で行われたWTN−Jキャンプの時でした。その時の印象は「東北出身の人かなぁ?」という感じでした。一緒に温泉に行き吉岡さんの生い立ちを伺って日本語が上手なのに驚きました。1985〜1995年まで大学にいたそうです。韓国は兵役があるから普通でも7〜8年卒業までにかかるそうです。
  吉岡さんは子供の頃から海外で農業をやりたいという夢を持っていたので30歳の時に大学を卒業して直ぐに日本のJAICAを、そっくり真似したKOICAのKOCVという海外青年協力隊からパラグアイに行って4年半いたそうです。


<この後は吉岡さんの話した言葉をそのまま記載します。>

 出来ればアフリカに行きたかったが、フィリピン・インドネシア・パラグアイの3ヶ国しかなかった。
 パラグアイを選んだのは飛行機に一番長く乗れるし、スペイン語も覚えられると思ったから。最初の3ヶ月はユダヤ人おばあさんの家にホームステイして言葉が通じず苦労したが、その後は国立農業研究所へ行った。そこはアメリカが設立して1970年に撤退した次に日本が行って、さらに日本が撤退した後に韓国が来た。
 そこにはKOICAから3人で行った。その時にビザが切れているのに気がついた。ボランティアの協定が結ばれていなかったため観光ビザだった。

 パラグアイでビックリしたこと、幅2〜3mしかない川がアルゼンチンとの国境で、自由に行き来出来ること。
 パラグアイ税金が安いのでアルゼンチンの人が買い物に来る。
 仕事はマニュアル通りやれば誰でも出来る土壌分析を2年くらいやった。一緒に行った二人は「帰りたい!」と行って2年で帰ってしまったが自分は1年延長して、永住権と免許証を取った。パラグアイは免許の試験をする施設が無いので役所へ行って「免許をください!」と言ってお金を払えばもらえる。
 給料は月に300US$もらえた。研究所の所長の給料が500US$だったから貰い過ぎだと思った。私にとってパラグアイは天国だった!

 そんなある日、スーパーで東洋人の女の人を見て、すごくドキドキしたので声をかけてみた。 可愛かった。私が「スペイン語を教えるから家に遊びに来てよ!」と誘ったら本当に来た。
 しばらく付き合ってから、その彼女に「日本に帰る。」と言われた。
  自分は韓国に帰るつもりは無かったし、1〜2年日本で生活した後に説得して、またパラグアイに戻れば良いと思って一緒に日本に来た。

 日本に来てからは義父母と言葉が通じないためコミュニケーションが取れず困って千葉県柏市の日本人学校に行った。 昼間は妻が家に居ないため、早く帰っても居ずらいので暇潰しのため本屋に入った。
 そこでパッ!と見つかったのが坪井伸吾さんの『アマゾン漂流日記』だった。読んで「この人凄いな!」と、ビックリしました。

 坪井さんがノーザンウォーカーにも載っていてバイクを乗ることも知って「バイクも面白そうだな?」と思った。 最初は街でホンダのXL250を見て「これだ!」と思ったが、雑誌でジュベルを見て「これがあれば私の人生は幸せになれる。」 と思った。
 韓国でパラグアイの免許を国際免許にしてもらったが、その当時日本の免許には出来なかった。仕方が無いので教習所へ行ったが漢字のテストをされて零点だった。これを覚えないと「ジュベルは駄目だ!」と思って自分の人生の中で一番勉強した。漢字を文字ではなく絵として覚えた。半年かかったが、やっと取れて最高だった。

  「バイクが欲しい!」と妻の機嫌の良い時に言ったらOKが出たので、今度はバイクの免許を取りに行った。一ヶ月くらいで取れたので「これはもう買うゾ!」と思った。
 ジュベルを43万円で売っている店を見つけて妻の顔色を窺(うか)がって切り出したら「いくら?」と聞かれた。自分の貯金は7万円くらいだったが「40万円くらいかなぁ?」と言ったら「いいよ!」と言われて直ぐに買いに行きました。

 韓国ツーリングには7月の農閑期を利用して10日間で行った。「あの、韓国の父の墓参り、もう20年も行ってないから行きたいんだ…」と言ったら「行かくちゃ駄目だよ!」とOKが出たがバイクで行くとは言えずに、「韓国は土葬で山の中にあって麓まではバスで行けるけど、その先はタクシーを使うと高くなるからバイクで行きたい!」と言った。
  初めは「何を言っているの?」と言われたがOKが出た。
 
  1979年10月26日、自分が中学二年生の時に朴大統領が暗殺されて戒厳令が敷かれて車の出入りが制限されるようになった。1〜2年後に車は持ち込みOKとなったが、バイクだけが駄目だった。
 今日は妻と来るつもりだったが娘がインフルエンザになってしまった。でも来れなくて良かった「こんなに、お金を使ったのか?」 と言われるから…

 韓国に渡る船は大阪と福岡と下関から出ている。大阪が一番高くて、下関が一番安い。行きは福岡からが早い。
  韓国へ行くには登録証書(発行無料)・パスポート・国際免許・車検証が必要だが、カルネはいらない。ナンバーも変えないでOK。
 韓国はレギュラーが220〜230円/Lと高い!着いてからは自分が韓国語を話したせいか30分くらいで出発出来た。韓国の運転は乱暴で走り出すのが怖いくらい。韓国は右側通行で左からの直進に注意すれば右折はいつでもOK。
 でも30分くらいで慣れた。バイクは高速道路を走れないが国道は2車線で信号が無いので釜山からソウルまで5時間かからないで行ける。

 韓国は国土の7割以上が山で、景色は北部の太平洋側が良い。食べ物は南西の方が美味しい。
 韓国の田舎は日本の景色と、あまり変わらない。韓国は純血主義だと思っていたがベトナムやカンボジアから嫁さんをもらうポスターがあって驚いた。建築現場で働く人は東南アジアの人が多かった。
 食事はコムタン(牛の骨を煮込んだスープ)を頼むとタダで漬物が付いてくる。ジャジャ麺やチャンポン(少し辛い)を良く食べる。
 ソウルの焼肉店は高いが、郊外に出ると700円で食べ放題という店もある。韓国の宿は一部屋の料金(何人泊まっても同じ)で、最初は5万ウオンとか言われるが、値切ると3万ウオン(3,400〜3,500円)くらいになる。日本のサウナのような8,000〜15,000ウオンで宿泊出来る所もある。

 韓国を走っているバイクの30%は登録されていないので当然保険にも入っておらず注意が必要。
 韓国から出国出来るのは日本・ロシア(ウラジオストック)。韓国から7月に、お世話になった医者の卵で外科医の奥さんがいるファン・ウイソンさんが、わざわざ来てくれました。韓国のライダーネットワークを主催中で会員は200名くらいいるらしい。

 最後に「来年も、また行きたいので妻の機嫌の良い時に話しをしたい。」と言って話しを締めた吉岡さんでした。

 はっきり言って韓国ツーリングよりも、吉岡さんが日本に帰化するまでと、バイクに出会うまでの話しの方が面白かったです。
 飛行機だと数万円で行けてしまう韓国ですが、バイクで大阪からフェリーで約13万円、九州から約8万円かかるので、青森県から15,000円くらいで行けてしまう北海道に比べると近くて遠い外国だと思いました。
 今回、吉岡さんの総走行距離は38,000kmで、韓国国内の走行は15,000km弱だそうです。総費用は20万円ちょっとで、韓国国内で使ったお金は4万円ちょっとだったそうです。
 吉岡さんは韓国よりも少し小さいくらいの土地に、韓国の人口4千7百万人の十分の一の人しか住んでいない北海道へ行ってみたいそうです。
 
  私も韓国の事は、ほとんど知らないので機会があれば、吉岡さんと一緒に行ってみたいと思いました。

 
 
 左が今回の話し手の吉岡さん。右がなんと、今回のお話会に参加するために、韓国から来日した黄(ファン)さん。韓国で、 海外ツーリング好きの集まりを主催している方です。WTN−Jキャンプにも参加したいし、韓国でミーティングを開いたら、ぜひ日本からも参加してください。と話してました。ものすごく夢のある話しです。