第19回WTN-Jお話会

『 オートバイ二人乗り
共に65歳 助けられ 教えられたアフリカ』


日時: 2008 年 3月 9 日(日)
場所: 東京都品川区グレイスビル泉岳寺
話し手: 水島治・安子夫妻

報告者:ミミーゴ
 
 今回の話し手は世界をタンデムで走り続ける水島治さん、安子さんご夫妻。一時帰国中の折にご登場いただきました。
  ともに66歳と、お一人だけでも過去最高齢。二人合わせてとなると・・・この記録は、今後もなかなか破られそうにありません。

  しかし、会場には治さんのかつての職場のお仲間のほか、ご夫妻が海外で出会った若いバックパッカー、チャリダーも続々と駆けつけ、蓋を開けてみれば70人を超す聴衆で満席。ご夫妻の年齢を全く感じさせないエネルギーと活気であふれていました。

  それもそのはず、今回のテーマは昨年のアフリカ縦断、しかもタンデムで、という気合の入ったもの。チャレンジ精神がなければ、たとえ若くて体力があったとしても真似できるものではありません。 (タイトルの「共に65歳」というのは、旅行の時点でのご年齢です)

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  「人前で話すのが苦手で・・・」という前置きを繰り返した治さんは、まず旅に出た動機から語り始めました。

  「いつかサルの国に連れていってやろう」と言いつづけていた父親が亡くなったのは、治さんが小学生のとき。以来、いつか異国を旅する、という思いだけが常に心の中にあったそうです。
  そして大人になり、治さんがオートバイ・車のメーカーに勤めていたとき、 そこで原付バイクを活用して子どもに野外教育をする活動にも携わることに!

  「普段はテレビゲームばかりしている子供が、親の心配をよそに、わずか10分でミニバイクを乗りまわすようになる。目を輝かせて走る、その生き生きとした姿を見て、『自分も旅に出るならバイクしかない』と、決めたのです」

  そして退職後、賀曽利隆さんと共にユーラシア大陸を横断、次いでオーストラリアを一周。北米〜南米大陸縦断からは「私も連れて行けというので」、安子さんとタンデムの旅に。
  今回お話しいただいたアフリカの旅は、その北米〜南米の旅行中に計画を練ったもの。2007年2月1日〜9月4日、175日間の旅でした。

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  南米から送った愛車トランザルプをケープタウンで受け取り、アグラス岬をスタートとして北上。ナミビアの首都 ウィントフック でATMにキャッシュカードをのまれるというトラブルに見舞われ、その後は手持ちの現金でやりくりするために倹約とキャンプの日々。ブッシュでのキャンプは、「毒グモみたいのがいて怖かった」。

 ボツワナ、ザンビア、マラウイと、子供たちの笑顔に励まされて距離を重ね、タンザニアでは無謀運転のバスの犠牲となった「友」に献花すべく、事故現場に立ち寄りました。

  ケニアのナイロビでは、80万人の貧民が暮らす世界最大のスラム「キベラ」に潜入。恵まれない子供たちを集めた学校で教師の愛情に触れ、退役した軍医がボランティアで営む診療所では、エイズのためにもはやミルクを飲む力もなく、余命あと1、2日という乳児の姿に涙を流します。

  ケニアからは、雨季を避けるためにいったんマダガスカルに。南米で出会ったJICA職員を訪問し、バオバブの木をはじめとする動植物に囲まれ、マダガスカルこそが父親の言っていた「サルの国」だったと確信しました。

  ケニアに戻り、そこから北上を続けるためには、越えられなければならない高いハードルがいくつもありましたが、まわりの人々に助けられながら治さんと安子さんは進みます。
  ナイロビの日本大使館は、強盗地帯を無事に抜けられるようにと、バイク運搬用の4WD車の手配段取りをしてくれました。

 大雨季のエチオピアを抜け、苦労して入国したスーダンでは、ビザに不備があり、7日間で国を縦断しなければならないことに。 しかし、ここでも活路を切り開いたのは人々の助けでした。ポリスのお咎めに宿の主人が保証人になってくれたり、初めはバイクで走るつもりだったヌビア砂漠でしたが、現地で知り合った人が「危ないから」と、まるで家族にように泣きながら止めてくれ、貨物列車にバイクを乗せて行くことを薦めてくれました。

  7日間ギリギリで到着したエジプトとの国境。出国手続きを済ませ、あとはフェリーで越境するだけ、という段になって、その船が小型のためにバイクを載せられないことが判明します。仕方なく1週間後の便で送ってもらうよう、国境で知り合ったばかりの人に愛車を託すほかありませんでした。

  世界遺産のアブ・シンベル神殿を観光しながらも、愛車が無事に届くかやきもきする日々。いっそ、手数料でも渡しておいた方が気が楽だった・・・と治さんは思いますが、その1週間後、まるで当然にようにバイクは届けられます。一緒に預けた工具、書類まで含めて一点も欠けることなく、そしてお金を要求されるわけでもありません。 「心配した自分が恥ずかしい」と、治さんは振り返ります。

  エジプトに入り、そのまま中東を抜け、ゆくゆくはノルウェーまで北上、と計画していた二人ですが、それまでの疲れとエジプトでの暑さで、とうとうダウン。
  ハルガタからスエズまで、砂漠地帯を走った猛暑の日。喉の渇きはやがてツバも出ないほどになり、視界は狭まり、地平線にはあるはずのない森が見えてきました。この日以来、治さんは体調を崩すことになるのですが、後にこの日の最高気温は50.3度、エジプト全土で8人の死者が出たことが判明しました。

 カイロの病院で精密検査を受け、治さんは極度の脱水であったと診断されます。内臓疾患の恐れもあり、一時帰国した方が得策と判断。同時にシリアをバイクで入国するのも難しいと判明したため、南アフリカをスタートしてから175日目にギザのピラミッドを訪れ、そこをアフリカ縦断のゴールとしたのです・・・。

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  さて、ここまで旅の写真を見ながら、「お話し会」は治さんの説明で進みました。
  質疑応答の後、「タンデムシートに乗っていた奥さんはどう思っていたのか」という会場の声に応え、安子さんは静かに立ち上がりました。

  それまで、「お世話になった人を撮ろうとしたのに、こうして(安子さんが)真ん中に割り込んでくる」とか、「こっちはバイクが無事に届くか心配でたまらないのに、(安子さんは)何の心配もしないでアブ・シンベル観光を楽しんでいた」などと、事あることに言っていた治さん。

  マイクを手にした安子さんが、どんな反撃に出るのかと思いきや・・・口にされたのは、以下の言葉でした。(なるべく原文のまま)  

  「夫は『私が連れて行ってくれ』と言ったから二人乗りにした、といいましたが、正確にいうとそうではありません。家で一人、心配しているよりはいいだろうと、そう思ったのです。
  それでも毎日2時間のウォーキングで体を鍛え、最初のうちは綺麗な景色を見られるだろうと楽しみにしていたのですが、カナダで走り出した時には『これは大変なことになった』と思いました。  

  窮屈な後部座席、不安定な姿勢、夫の弟が亡くなった時も走り続け、駆けつけることもできない。 しかし、イエローストーン国立公園の自然に圧倒され、メキシコのバハ半島を下る頃には、広大な砂漠の中、自分たちしか走っていなくても怖くなくなっていました。 そしてペルーでのアンデス越え。コンドルの舞う、高度5000メートルの峠で見た景色に涙が流れました。

  気がつくと1年7ヶ月。2人3脚の旅の面白さも分かってきた頃に挑んだアフリカ。
  印象的だったのはナミブ砂漠のアプリコットの風紋と、ナイロビのスラムで会った子供たち。

  夫と旅をして気づいたのは、いかに自分が知らないことが多かったか、ということ。今では夫に対する感謝の気持ちでいっぱいです。体力の続く限り、これからも二人での旅をしていきたいと思います」

  最後には涙ぐんだ安子さん。そして拍手喝さいの会場。この瞬間、聴衆はすべて安子さんの味方に。もしかしたら、これが安子さんの反撃だったのかも!?

 話しづらくなった治さんは、咳払いをしながらまとめの言葉に入りました。

  「それまで、何だかんだ言っても4大陸を走ってきたという驕りが、自分にはあったと思う。エジプトで死人が出るほどの猛暑の日に走るなど甘かったと思うが、人々に助けられ、支えられ、何とか無事に戻ってこれた、というのが正直な感想。
  アフリカは予想以上に厳しかったが、実際に見て、経験する『学び』がいかに大切かを、改めて認識した。
  私が会社で先輩から教わったのは、チャレンジが大切、ということ。以来、『チャレンジ 、発見、感動』が私の人生のテーマでしたが、これからはそれに学びを加えて『チャレンジ 、発見、感動、そして学び』にしたいと思います」

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  治さんは休憩を挟んで約2時間の講演の間、今回のタイトルの中にもあるように、しきりに「助けられた」と繰り返しました。しかし、治さんの謙虚で、まっすぐな姿勢がまわりの協力を呼ぶのだと報告者は思います。
  ご本人は驕りがあったといいますが、ここまで旅と人生を重ねても、決して尊大さが出ることがありません。だからこそ、会場はさまざまな年齢層の聴衆で満席になったのだと思います。

  常にまわりのアドバイスに耳を傾け、尊重し、しかし決断と行動は大胆に。 報告者は治さんの姿に、バオバブの太くてまっすぐな幹を見たような気がしました。父親との約束の地、「サルの国」マダガスカルのバオバブの木。それを支えるのは、言うまでもなく安子さんという大地です。

  ご夫妻は今春、旅の最後のステージであるヨーロッパに旅立ちます。体調を万全にして、これからもどうかお気をつけて、仲良く!? また帰国後にお話いただけるのを、楽しみにしています。