第23回WTN-Jお話会

『 電動バイク世界一周の旅 』

日時: 2009 年 3月1 日(日)
場所: 笹塚区民センター2階会議室1号
話し手: 藤原かんいち&ヒロコ
報告者: 古山隆行
写真: 小口隆士
 

 お話会は司会の坪井さんから藤原さんを紹介することから始まりました。坪井さんにとっては、「藤原さんは昭和の時代から長期の旅を続けていることがすごい 事」と話していました。会場に足を運んでくれたみなさんは今回のお話会にどんな期待を持ってきたのでしょうか。電動バイクで世界一周をしたこと、世界の巨木、あるいは自称バイク初心者のヒロコさんのチャレンジ。私の期待は、いったい夫婦二人の旅行はスムーズにいったのか、ちゃんと藤原かんいちさんはヒロコ さんを気遣っていたのか、それがとっても今回聞きたいとこです。

  さて、藤原かんいちさんは「2人で話すのは今回が初めてかもしれない、今、国境を越える前の気持ちくらい緊張してます」で始まりました。「二人は初めて?、そうなの」、とか、「緊張度合い良くわかる」、なんて声が会場からあがりました。
  これまで、原付バイクにこだわって旅を続けてきた藤原さん。原付バイクで世界を走った後、また何かにチャレンジしたかったそうですが、目標が見つからずにいた時、世界遺産「最後の巨木」という本に出会い、木は地球で一番長生きしている生物だと気がつき、興味が湧いたそうです。次のチャレンジの目標が見えてきたと話しました。そこに電動バイクを結びつけて次の旅の形が見えてきました。

  最初のプランでは一人で実行しようと思っていたそうです。ところが、電動バイクでの旅を具体的に考えると、一人では無理と分りました。電動バイクには荷物がほとんど積めないのに、旅の荷物だけでなく、バッテリーチャージャー、変圧器、そして予備のバッテリーと荷物が多すぎる。そこで、藤原かんいちさんが荷物運搬役として目をつけたのが妻のヒロコさんだったそうです。あれ?夫婦旅は最初から考えていなかったの?と思わずつっこみたくなりました。ヒロコさん曰く「安上がりの家庭内スカウト」。ヒロコさんは渋々承諾。二人旅の様子が垣間見えたのは私だけではないと思います。

  旅は北米大陸横断を目指してサンフランシスコから2004年3月に出発。藤原かんいちさんは電動バイクのパッソル、ヒロコさんがサポート役として荷物を載 せたスクーターマジェスティ。ところが、ここで大問題が発生。荷物満載のマジェスティ、余りに重くて、サイドスタンドで立つマジェスティをヒロコさんが一人で真っ直ぐに立てることができない。なにやってるのとばかり藤原さんがやってみたが、ほんとに重たい。これではとてもではないがヒロコさんが運転するのは無理と気がつき、ヒロコさんはパッソル、藤原さんはマジェスティに乗り換え、無事に世界一周の旅をスタートさせました。マジェスティからパッソルを運転するヒロコさんを見て、「あれ、何かオカシイ。俺がやりたかった旅ってこうだったけ」と気がついた、藤原さん。ヒロコさんもすぐにマジェスティに乗れるようになりましたが、この後、ヨーロッパに入るまで、パッソルは藤原かんいちさん、マジェスティにヒロコさんという最初に構想した旅のスタイルがスムーズにはできなかったそうです。旅って、そんなものですよね。

  ツーリング中はすっと別行動、パッソルのスピードは30キロ、ところがそのスピードにマジェスティを合わせると、あまりの遅さにマジェスティの調子が悪く なってしまいました。結局ツーリング中は別行動にすることに決めたそうです。ヒロコさんはマジェスティで先行し、ところどころ路上で藤原さんが追いつくのを待つという具合。「バッテリーが切れてパッソルを押していても妻は助けてくれない、アメリカ人は助けてくれるのに」と話す藤原さん。妻孝行が足りないじゃないの、藤原さん。
  次の大陸オーストラリアでの写真。路上を歩くトカゲの写真を見ながら、説明する藤原さん。パッソルがあまりに遅いので、景色をじっくり見れる。それで、路上を横切るトカゲを発見できたので撮った写真でした。ところが、そこにヒロコさんが戻ってきたのですが、「アンタ何やってるの、早く行きましょう」とせかされてしまったそうです。なかなな興味の対象が一致しませんね。

  ようやく旅のスタイルが確立したヨーロッパ。でもマジェスティの荷物が多いのは変わらず。しかもヨーロッパの町中は道が狭い。宿を探すため、狭い町中を走 る2台のバイク。軽いパッソルに乗る藤原さんはひょいとUターン、ところが重いマジェスティに乗るヒロコさんはそう簡単にはUターンはできません。ここでも藤原さんはヒロコさんに注意を受けてしまったそうです。

  そんなヨーロッパのオランダでこの旅最大の事件が発生してしまいました。オランダにはモペット走行可の自転車道があるので、パッソルは追い越される車を心配することなく楽しく走れたそうです。そこで、乗るバイクを交代し、パッソルにヒロコさんが乗りました。ところが、車道と自転車道はところどころまったく別ルートを通るので、気がついたら、二人離ればなれになってしまったのです。

  その日はロッテルダムに泊まることだけは決めていただけ。一生懸命にヒロコさんを探し回る藤原かんいちさん。でもまったくヒロコさんを見つけることができない。ロッテルダムのYHにヒロコさんがいるかもしれないと一縷の望みで行ってみたが、ヒロコさんはいなかった。一人泣きながらさまようヒロコさんの姿が脳裏に浮かぶ藤原さん。
  YH 前で心配顔で写した写真が会場にスクリーンに写しだされました。ところが、撮ったのはこの1枚だけ。たくさん撮って、その事がヒロコさんにバレると怒られてしまう。と心配したので、1枚にとどめたそうです。結局1日たって翌日そのYHで無事に再会できたのですが、「会えてよかった」と安心した藤原さん、「いままで何やってたのと」怒るヒロコさん。温度差がありますね。

  一番元気をもらえたアフリカ。最もたくさんの親切を受けた国イラン。世界一、日本人に誤解されているイスラム。世界中の話がどんどん出てきて、満員の会場は大盛況。  
  最大の危機はバングラディッシュで発生。マジェスティに乗るヒロコさんに興味津で接近してきたリキシャを避けようとして転倒。足が挟まってしまった。ヒロコさんは骨が折れたと感じたそうです。でもそう訴えても藤原さんは大丈夫と言うばかり。あまりに痛くて、病院に行き、レントゲンを撮ってもらったら、やっぱり折れていました。「何と冷たい男だ」とヒロコさん。離婚の危機だったそうです。

  旅の最後は、バンコクから送ったバイクを受け取った大阪から自宅までパッソル&マジェスティの同じスタイルで走った日本。予想以上に車のマナーが良かったそうです。緑も多く、水も豊。ずっと海外を走ってきた目でみた藤原夫妻だからこそ感じた日本の良さだと思います。
  ところで、巨樹は?。最後に写真だけ流しました。かんいちさんはゆっくり話したそうでしたが、ヒロコさんが時間切れとばかりどんどん流してしまいました。 二人旅の間もこんな風に過ごしていたのかな、と思いましたが、そうは言っても、お互いとってもいい距離感を持っているいい夫婦と感じました。
  最後は、二人の言葉でしめくくります。
  「ニュースで見る世界は暗いけど、実際に世界を見てみると、そんなもんじゃない。いい人もたくさんいる。まだ世界は大丈夫。そして、木からは命のつながりを感じました。多様な生物が生きていることは大切です。」かんいちさん
  「かんいちに連れられて旅に出れて、世界一周ができた事が幸せでした」ヒロコさん