第25回WTN-Jお話会

初めてでも大丈夫! 
『おじさん達の”どたばた”タイ・ラオスツーリング』


日時: 2009年10月27日(日)14時〜16時
場所: 旧日出小学校(東京都豊島区)
話し手: 八木さん、斉藤さん
参加者: 27人
報告者: 豊田淳子さん
写真: 古山隆行
 

お話会も、最初からハプニングで始まりました。
話し手の斉藤さんのPCのコードが無い!急遽、斉藤さんが電気屋さんで新しいPCを購入してこられました。
前半は写真による八木さんの語り。後半は斉藤さん、八木さんそれぞれが作成した動画を交えた解説をしていただきました。


そもそも、この旅行は始まる前から涙なくしては語れないとか。

このツーリングのきっかけは、一番年少の八木さん(それでも御歳53歳)が昨年3泊4日のタイツーリングに行き、その魅力にはまったことから始まります。
南会津のシルクバレーキャンプ場の常連さんである八木さんが、ほぼ同世代のキャンプ場オーナーの小川さんとでツーリング話で盛り上がり、常連の斉藤さん、のし鮑(アサノ)さんも混じって、それぞれの家族を説得して実現に至ったもの。
アラウンド60のおじ様たちですが、ご家族の理解を得るには相当の苦労があったとか。出発時、成田に4人が無事そろった時は、まるで旅行が終わったかのように「ほっ」としたそうです。

さて、無事にタイに降り立った4人ですが、タイ在住の八木さんのご友人の松田さんと、高橋鯰さんにサポートしてもらいます。
バイクの手配は、鯰さんのご家族・親類・友人らのバイクをかき集めてもらったもので、日本の3大メーカー(ホンダ、カワサキ、スズキ)が勢ぞろいしました。
めざすは、タイ・ラオス国境。渡し舟の最終便に間に合わせるため、かなり飛ばして走ったそうです。
バイクごとラオスに入るための書類は、同行した鯰さんが汗をかきながら他の4人分を書き上げ、本人たちはサインのみのお気楽通関。なんとか最終便の船に間に合い、無事ラオスに入国できたそうです。1泊目フェイサイの宿につき、ラオスビール(Beerlao)で乾杯していたのがおいしそうです!

市場では、フランスパンに具を挟んだサンドイッチが売られています。ラオスは元フランス植民地というのもあってか、食文化にもその名残があるようです。
八木さんはお酒が飲めないのでお茶を飲んだところ、緑茶でも紅茶でも甘かったそうです。パッケージが日本のパッケージで甘いというのは、びっくりしますね。
ラオス北部は中国の影響を受けているためか、漢字文化の村があったり、藍染の文化があったり、豆腐、味噌、納豆を食べている民族もいるそうです。日本と似ていますね。

ちなみに、ラオス北部の道路は中国の援助により舗装されているとのこと。ただ、管理がずさんなのか、あちこちで穴があったり、崩れていたりで、砂埃がすごかったそうです。映像や写真で見ると、皆さん仮面ライダーのようにマスクにサングラスといったいでたちです。

さらに、ラオス北部から中国にも足を伸ばしたそうです。
ラオスと中国の国境はかなりゆるいようで、石碑を境に中国とラオスとで分かれていました。片足をラオス、もう片方を中国に置いて記念写真を撮っていました。
このラオス北部は中国人の観光地となっていて、国境近くのホテルでは中国人のためのホテルもあるようです。ただ、ラオスにありながら、ラオス人が入らせてもらえなかったり、ラオスのお金キップが使えず、元のみが使えるなど、ラオス人が虐げられているようにも感じました。ラオス北部で道路舗装を中国の援助で行っているのは、中国人が中国人のために行っているにすぎないのかもしれません。

ラオス北部ではいくつかの学校に寄ったそうです。
援助を受けている学校とそうでない学校での差は歴然で、援助の無い学校では、300人の生徒に先生が5人、教科書も10人程度に1冊の割合で授業をしていたり、およそ学校には見えない建屋で授業を受けています。
それでも、学校に行ける子供は恵まれているそうで、学校に行けずにいる子供も多いようです。
でも、日本人の子供達と比べ、心が恵まれてると感じたそうです。
写真やビデオに出てくる子供達の屈託のない笑顔が印象的でした。

4人は持参した鉛筆など筆記用具、ぬいぐるみなどを、いくつかの学校や村で配ってあるいたそうですが、たくさんの子供に囲まれ、すぐに無くなってしまったそうです。
次回また訪れる時には、子供には飴、大人にはタバコを持って行きたいとか。
お茶も甘いお国柄。飴は大人子供どちらにも喜ばれそうに思いました。

ラオスの見所の一つ世界遺産の「ルアンパパン」や船で渡る「バークゥー洞窟」なども観光したそうで、フランス領だったこともあり、ヨーロッパ系の旅行者が多かったそうです。
また、サイニャブリーではちょうど象祭りが終わってすぐの頃で、参加した象が地元に帰るのを利用した象ツアーなども見ることができたそうです。

ラオスを出る時、またまたハプニング到来!
入国するときに書類に不備があったまま通関していたため、出国の際に出るに出られず足止めされたとか。
なかなかラチがあかず困っていたところ、1時間位して上官らしき人の「鶴の一声」ですんなり出国したとか。。

タイの友人宅に戻ってきたとき、バイクの状態がどうだったかというと、スズキのバイクは保安部品が落ち、ヤマハのバイクはいくつかをテープで貼りながらたどり着いたとか。
スズキ、ヤマハと比べてホンダは強くて燃費も良い。タイカブ最強!と、力説されていました。
今回のツーリングは、ある意味実地耐久テストのようなものだったのかもしれないですね。

最後はやっぱり温泉!というので、五右衛門風呂のような温泉に浸かって疲れを癒やした様子。
この温泉、案内してくれた鯰さんの手作りとか!
今回のツアーのために、増強してくれていたそうです。
やっぱり日本人には温泉!なんでしょうね。


後半の動画では、いくつも穴の開いたボニョボニョと緩い竹橋をバイクで走り抜けたり、ホコリが激しく前が見えない様子が印象的でした。
また、バイクのヘッドライトを昼間つけてはいけないといった日本とは異なるルールにも驚かされました。
市場の様子ではかなりの活気を感じました。さすがゴールデントライアングルと呼ばれる地域だけのことはありますね。いろいろな貨幣が飛び交うようです。
ただ、ラオス国内でもラオス貨幣キップの価値は低く、中国の元やタイ、ベトナムの貨幣の方が喜ばれるとか。


最後の質問コーナーでは、下記のようなやりとりがありました。

Q:保険はどうしたのですか?
A:日本での保険は入ったが、タイ・ラオスで保険には入っていません。自分のリスクで走る感じです。ちなみに、ラオスには病院はないので、タイに行きます。

Q:道路標識などはどのようなものですか?
A:道路標識らしきものはまったくといっていいほど見かけなかったです。しいていうなら、3差路で簡単なものがあったくらい。地図を見ないと自分がどこにいるかもわからなくなります。

Q:スタンドはどうでしたか?途中で足りなくなるとはなかったですか?
A:主要道路の町には必ずスタンドがある感じです。ただ、日本のように店を構えているのは少なく、手動ポンプ式や瓶での販売をよく見かけました。足りなくなることは基本ありませんでした。念のためにとコカコーラの瓶にガソリンを入れて持って走りましたが、それを利用したのは、最後にルアンパパンからタイに向かうまでの1回だけでした。

Q:物価はどうでしたか?
A:ラオスよりタイの方が高く感じました。麺1杯8000キップ=100円、ホテル代1部屋360円でした。
食べ物・飲み物はとにかく甘い。乳製品は高いようです。

Q:国内の雰囲気についてはどうでしたか?
A:共産圏だという感じは受けませんでした。時間がゆっくり流れているように感じました。警官等は一度も見かけなかったです。


今回のツアーで、タイ・ラオスの魅力にとりつかれたおじさま達。
また来年以降も、文房具を子供達に直に届けたいという夢があるそうです。
是非、実現させてもらいたいものです。

【おまけ情報】
費用代:飛行機代7?8万円、バイクレンタル代1万5千円、旅費(土産代含む)5万
円(うち宿代2万5千円)トータル12万円/人。
余った分を借りたバイクの修理代に充てたそうです
 

今回の会場は元小学校です。門に雰囲気が残ってます。校庭では子供達がサッカーの練習をしてました。
どこにお話会の会場があるのか、あまりにわかりずらいので校門に張り紙をさせてもらいました。
 

買ってきたパソコンを持つ斉藤さん。ほんとうにご苦労さまでした。なお、斉藤さんによると、中古なのでとっても安く買えてとのことでした。
  
  

 あいさつをする八木さんと斉藤さんです。
二人のかけあいの漫才みたいな語り口がお話会の始めから終わりそして二次会まで続いていました。
 
  

小学校の教室そのまんまの会議室です。

お話会の会場で着る予定だって斉藤さんがラオスで買ってきた民族衣装です。
パソコンコード事件のため、会場で着るのをすっかり忘れてしまっていたそうです。
二次会の会場でようやくお目見えです。

二次会の会場での記念撮影。6時頃にスタートし、終わったのは10時過ぎらしいです。