第36回WTN-Jお話会

==ロシア極東(サハリン・環日本海)を走る==

話し手: 小林進一さん
日時: 2012年1月29日(日)14:00〜16:30
場所: 目黒区区民センター5階会議室
  住所:東京都目黒区目黒二丁目4番36号
 
レポート:間部 一功さん
写真:WTN-J
参加者: 約31名

 

   サハリンならお盆休み中にどうにか走られるかも。パックツアーもなかなか便利でいいじゃないか。そう感じさせる小林進一さん(コーバさん)のお話でした。今回は、主にサハリン縦断と環日本海ツーリングについて語ってくれました。

まずはご自身のオートバイについての話。 
“バイクは怖い(危ない)”という考えがあって免許を取得したのは30歳を過ぎてからだった。ひとたび乗り始めると、その楽しさのあまり土日は電車を利用しなくなったとのこと。その気持ち良く分かります。免許取得の翌年には沖縄を除く日本全国を走破したそうです。
  本格的な海外ツーリングは2006年のことで、18日間のモンゴルツアーだった。一度も転倒をせずに1800kmを走破出来たことで、海外を走ることに自信を持てたそうです。ミクシィーで知り合った参加者10名のうち7名が女性という、なんとも羨ましい旅です。もう一つ、同じ年にシルクロードを2カ月かけて走るツアーの話があって、こちらには躊躇せずに退職をして参加。涼しげに語る姿とは対照的にバイクにかける情熱が静かにじわじわと伝わってきました。翌年には南米4カ国を走るツアーで、12台中3台以上がリタイアしたという過酷な旅を2カ月間も満喫されたそうです。

  さて、サハリン縦断は、パックツアーに個人旅行を足して、コルサコフ(大泊)から北の町オハまでの往復10日間の旅です。
  当日会場で配布されたサハリンの地図には、日本の地名が手書きで記入してありました。日露戦争から第2次大戦終戦までの間、北緯50度以南は日本領だったという説明も、実際に日本地名が入った地図を机に置いて、現地にある鳥居の写真や日本人が描いた町の絵図などを見ながら聞くと実感が湧いてきます。札幌に樺太資料館があるそうで、もし現地を旅行することがあれば、事前に見学しておきたいと思った。個人的には国境を示す境界石の話が興味深くて、ぜひとも実物を見てみたいものだと探究心をかきたてられた。
サハリンは北海道のすぐ北隣りなので全く想像もしなかったが、2時間の時差があることをコーバさんの話で初めて知りました。稚内から5時間半フェリーに乗り、コルサコフ(大泊)に到着して、夜までまだ多少時間があると思い込んでいると、実は2時間進んでいることに気が付く。パックツアーだから大丈夫だったものの、コルサコフ(大泊)到着後にホテルを探そうと考えていたら大変だったかもしれないとの話、体験から出た生の感想に納得。
  サハリンの夏は短い上に雨が多い。州都ユジノサハリンスクの市内観光では靴がびしょびしょになって大変だったという。ちょっとした晴れ間には富裕層のバイク乗りがここぞとばかり町に繰り出して、ライダーが集まる場所の写真は、まるでバイク展示場のようだった。
  ポロナイスク(敷香)から北はダートが多くなり、特にノグリキ(サハリン全体の北から3分の1ぐらいのところにある町)から北の町オハまでは雨も重なって泥沼状態の道を走ることになったそうです。泥は膝ぐらいの深さの場所もあって、そこで転倒して泥にはまったバイクを出せなくなって車に引っ張ってもらった話や、泥がエンジンに付着してオーバーヒートしリタイアを余儀なくされた参加者の話などを聞くと、サポートトラックが付いていることの安心感は大きいなと感じた。残念ながらコーバさんはオハから最北端のエリザベート岬へはマシントラブルで行けなかった。サハリン北部では道中のガソリンスタンドが少なく燃費の良いバイクが有利との話であった。帰路のオハからノグリキまでは、ツアー参加8台中2台のみが自走し、残りはトラックに乗せ、さらにノグリキから州都ユジノサハリンスクまでは、夜行寝台列車を利用して戻ったとのこと。こういうタフさが要求される道を涙目になりながら仲間と一緒に走られたことが羨ましいです。ツアーはこれで終りですが、コーバさんはさらに州都に連泊し、西海岸のホルムスク(真岡)や東海岸、南半島を走った。ヒッチハイクの若い女性かと期待して近づいたらブドウ売りの女性だった話や、パトカーに1時間も先導してもらったこと、取り締まりにあって撮影した写真をチェックされたことなど、個人旅行の楽しさも十分に満喫されている。視界を覆い尽くす程の工場宿舎が、翌年の環日本海ツーリングで訪問した時にはすっかり取り壊されて無くなっていたことなど、同じ場所を訪れることで感じられる驚きや発見も十分に伝えてくれた。

  次に2011年の環日本海ツアーの話。コーバさんはツアー前にサハリンへ先入りして南部を4泊一人旅。その後ツアーに合流して、ホルムスク(真岡)から船でユーラシア大陸へ。ハバロフスク、ウラジオストックと走り、再び船に乗り韓国トンヘ(東海)で半日上陸後、鳥取境港着の行程。
  震災の影響から、ロシア入国税関の検査でオートバイから一定以上の放射線が検出されると日本へ持ち帰らなければならず、入念に洗車してフェリーに乗せたとのこと。ちなみに、バイクカバーが検査をパス出来なかったツアー参加者もいたとか。税関に捨てることも出来ず、どうやって誰が持ち帰るかなど4時間も揉めたそうです。さて、一人旅の話に戻りますが、稚内から乗ったフェリーで美少女を見掛け、ロシア語の勉強を直ちに始めたというエピソードには思わず笑ってしまった。ホルムスク(真岡)近郊では、民家に泊めてもらおうと6、7軒と交渉するものの、どの家も泊めてくれなかったそうです。コーバさんは強面とは程遠い雰囲気だから、アポ無し宿泊は難しい地域性だったのでしょう。さらに南の半島の方へ走っていくと、たまたま土日ということもあってか、何処に行っても酔っ払いが多かったという。道路脇から飛び出してきた女性に囲まれていきなりウォッカをのまされ、金品以外のいろいろなものを奪われた?嬉しいハプニングもあったとか。ツアーでは、ハードな悪路として期待していた港町ワニノからアムール川流域のリドガまでの峠越えルートが、楽勝のダート道になっていて拍子抜けだったそうです。あまりにも簡単すぎてクレームを出した女性ライダーもいたとか。さすが海外ツアーのバイク乗りは根性が違うなぁ、と感心すると同時に商品を提供する側にも予期せぬことで、ツアーにはこういうこともあるのだろうと、この時だけ冷静になって聞いていた。

  コーバさん視点からのお話でしたが、実は同じツアーに、ワッツー常連の斉藤さんと新保さんも参加されていました。気の置けない仲間と一緒に海外ツーリングを楽しめるのもツアーの良い点だなと感じました。ロシア税関でバイクを通関することの煩わしさを他の方々からも聞いているので、走ることに重点を置いた旅ならば、これらのパックツアーに参加するのも良いだろう。サポート付きで荷物を背負わずに走れることも嬉しい。しかも宿の心配も不要だ。
  トラブルもまた旅の一つだと思うならば個人で計画して行けばいい。どちらにしろ、楽しんだもの勝ちである。改めてそんなことを考えさせてくれたお話会でした。良い時間をありがとうございます。

レポート:間部 一功

  
 
 
ツーリング中のひとコマ