第46回WTN-Jお話会

羊とめぐる冒険

話 し 手 : 吉原 剛史さん
日  時 : 2014年3月1日(土)
時  間 : 午後2時開演〜4時まで
場  所 : 荏原第一地域センター・
       区民集会所第一集会室
住  所 : 東京都品川区小山3−22−3
レポート : 坪井伸吾
写  真 : もんがぁ〜
参 加 者 : 約43名


 「旅は旅を楽しむためにある」。
二十歳の頃オーストラリアの大地をバイクで走ってた時に"師匠"が僕に言ったこの言葉が心に刺さった。 人それぞれ旅の仕方や目的があるけれど、「旅を楽しむこと」、それを基本に自分のスタイルの旅をすればいい。
僕にとって旅で一番楽しいのは「人との出会い」。そしてバイクで知らない土地へ行くことが出来れば更にいい。 バイクの旅ならではの出会い、つながり、交友、経験。
三大陸半・三年半に及ぶこの旅を通じて「旅を楽しむ」の先に見えたモノ。
そんなことをみなさんにお伝えしたい。


PROFILE: 三郎
革命家。在豪歴16年。オーストラリアにて「バイクと旅」に出会う。バイクの「自由さ」や旅での様々な「出会い」に魅了され、オーストラリア国内の長期・短期の旅を経験。
オーストラリア一周を経て、2010年7月からBMW R1200GS「エスペランサ」で世界一周の旅へ。
北・中・南米、ヨーロッパ、中東9万キロを走り2013年5月30日に65カ国目のイランで高速道路走行中に事故を起し、重症を負う。様々な人々の援助をいただき、帰国。
静養とリハビリに勤め現在次の目標に向かって準備中。


◆レポート

 トレードマークの黒いベレー帽。迷彩服の上下。黒の編み上げ安全靴。待ち合わせした武蔵小山駅の改札に向かう人ごみの中でも、そのインパクトのある正装は遠目にも分かる。チェゲバラを愛する革命家ライダー吉原さん。4年前にお話会の会場に現れたときから気になっていた吉原さんに話してもらえる場がようやく実現した。

 お話会は1994年、19歳のときにワーキングホリデービザを取得してオーストラリアに渡るところから始まった。シドニーに入った吉原さんは最初に英語学校に入る。んんっ? この人って帰国子女じゃなくて、自分の意志で語学力を勝ち取った人なのか・・。だとしたら、それだけですごいではないか。

 そのシドニーで吉原さんは当時25歳だったバイクの師匠「たかしさん」に出会い、影響を受けてバイクに乗り始める。ある日、たかしさんに「旅とは何か?」と問われた吉原さん。何も考えずに「自分探しですかね」と答えると、「その答は旅に対しての冒涜だ。旅は旅を楽しむためにある」と諭される。以後、たかしさんの言葉を指針に吉原さんは旅をすることになる。吉原さんにとって一番楽しいのは「人との出会い」。そしてバイクで知らない土地に行くことができれば更にいい、と言う。
 しかし実際に旅に出ようとすると、付き合っていた台湾人の彼女から、待った、がかかるが、それを説得して、たかしさんについて走り始める。なんか青春映画のような話だ。
 結局オーストラリア滞在は16年におよぶ。2010年、「世界を知りたい」と「日本という国をどうにかしたい」という思いを抱いた吉原さんは、何が出来るか分からないが、とりあえずやってみようと決める。まずはスズキDR650で、オーストラリアを2か月かけて一周。英語ができることによって旅は広がるとの確信を得た。

 2010年、カナダバンクーバー。世界一周の相棒はBMWGS。旅を始めると、すぐに語学力を生かし、世界のライダーと知り合いになる。8月、世界のツーリングライダーが集う、ホライゾンズ、アンリミテッドのミーティングに参加。レンジャーからクマの攻撃の話を聞く。驚いたことにその後、キャンプ場で実際にクマの襲撃に遭遇。一緒にいたアメリカ人ライダーのサイドバックがクマに森の中に持ちさられ破壊された。ロスでは世界一周ライダーの佐藤繁さんと出会いカリフォルニア半島を一緒に走る。

 北米までは英語でなんとかなる世界。だけどそこから先は、英語は通じない。吉原さんもスペイン語には苦しめられることになる。しかし吉原さんにはもうひとつの武器がある。かつてカナダ人ライダーから「君の笑顔は旅を幸せにするだろう」と言われた笑顔だ。彼の予言どおり、笑顔と旅そのものを楽しむ姿勢が新たな出会いを呼び込んでいく。
 メキシコでまたもや新たな彼女ができる。彼女は窓もなければドアもない家が集まる貧しい田舎に住んでいたが、ここには友達も家族もいるから幸せ、と言い切る。その言葉に人には帰属感が大切だと学ぶ。
 中米を経てパナマからはライダー11人で船をかり、コロンビアへ。そこでなんだか書いていて腹立ってくるが、またもや新しい彼女が・・。

 ここから、吉原さんが革命家である所以、ゲバラに関係する話が出てくる。キューバのゲバラの足跡に関係する場の話は非常に面白い。

 エクアドルではエクアドル一の富豪と知り合い、邸宅に泊めてもらう。そこは自宅のプールになぜかジェットスキーが浮いていたり、ライオンが10匹いたり、メイドやスタッフが33人いたりするマンガみたいな家だったのだが、なんだか落ち着かないので庭にテントを張らしてもらうとオーナーのホルヘは「君らのライフスタイルがうらやましい」と言った。すべてを持っているホルヘだが、その分、自由もないのだ、と思ったそうだ。

 旅は南米からヨーロッパへ。ヨーロッパは今まで出会ったライダーとの再会の旅。そしてヨーロッパからイスラム世界へ。運命のイラン。シラーズの宿で部屋に空き巣に入られる。警察が来て、取り調べ。どうも宿の人間が怪しい気がする。翌日、もうこんな宿にいたくないので走り出すが、なぜか異様に眠く。途中から記憶が消えて転倒。中央分離帯のダートの真ん中で転倒した状態で発見される。幸運にも最初に見つけてくれたのがお医者さんだった。
肋骨6本。肺からの出血。手首、足の骨折。

 イランで自分では身動きが取れない状態になった時、助けに来てくれたのはライダー仲間の佐藤繁さん、旅仲間の坪井さん。それから知り合いの知り合い、ハキムさんとサーディさん。
 自分はどうやってこのお世話になった恩に報いればいいのか・・・、考えた結論が手助けを必要とする人に恩返しすればいい。「日本をどうにかしたい」というもとからあった意識とそれが結びつき、これから日本の田舎の地域おこしをしようと決めている。

 吉原さんが大事だと語った「人との出会い」。それを大切にすれば、いつか自分に返ってくる、という実体験。世界ツーリングの話を越えたいい話に、会場を埋めた43名のお客さんも感動だった。