旅の空から

2003年6月10日 うらんさんの旅の空から


ここまでのあしどり

2002年
07月:日本出発
08月:バンクーバーより北上開始、15日イヌビックに到着。以後はアルゼンチン、ウシュアイアまで南下

09月:U.S.A.入国
10月:メキシコ入国
11月:グァテマラ入国
12月:ホンジュラス→ニカラグア

2003年
01月:コスタリカ→パナマ 南米に輸送するとき、このままではパタゴニアが寒くなると思い、一気にチリのサンアントニオ(サンチアゴ近くの港)までバイクを送る

02月:チリ→アルゼンチン
03月:最南端の町ウシュアイアに到着 以後は北上
04月:アルゼンチン
05月:パラグアイ→アルゼンチン→ボリビア 宝石の道と呼ばれるアンデス越えルートが雪のため越えられず。さらに、バイクの調子が悪いのでアスンシオンまで戻る。


06月09日

 ということでパラグアイの首都、アスンシオンです。このところ一週間、曇天続きで結構寒くなってきました。ここについてから13日目。バイクはオイル上がりが原因だそうで、ピストンはびっくりするくらいに真っ黒。で、いまは日本から送ってもらっているパーツの到着待ちです。

 ここ、アスンシオンは見所らしい場所が殆どありません。うん、ない、といいきってしまってもいいかもしれない。しかも、一度北上中に寄って2泊しているのであらたに町を探索するといったこともなし。でも、ここの最大の魅力は日本語環境。

 なぜ、一度ボリビアまで行ったのにわざわざ戻ってきたか?捜せば(捜すのが難しいのだけれど)、腕のいいメカニックはチリにもボリビアにもいるはず。でも、エンジンを開けた後、メカに詳しくない私が日本語でもあやふやなエンジン不調の原因を英語ならまだしもスペイン語で説明されて理解できるのか?必要の無いところまでパーツを交換されたり、それだけならとにかく、もっとひどくされたらどうしよう?
 ということで、日本語の通じる日系バイク屋さんのあるここまで来たのです。

 それ以外にも、宿でも。はじめはアスンシオン市内にある日系ホテルにとまっていたのですが、受付も日本語、日本語の本が多数あり、日本語OSのはいったパソコンに日本食の朝ご飯(ご飯・味噌汁・納豆に梅干・・・)。
 そして今は紹介で日系人の為の施設に宿泊しているのですがここにもNHK、日本語の本があり近所には日本食材店。そして、日本語の会話。

 あと、どれだけここにいなくてはいけないか分からないけれど、ここを出る頃にはせっかくアルゼンチンで人の家に居候させてもらったりして上達したはずのスペイン語が、かなりひどい事になっている事は確かです。

うらん